買い物の下見を終えて喫茶店に入った。

 用事を終えたらはいさよならと言われるのが嫌で、なんとか買い物の時間お引き伸ばそうとしていたが、あまり付き合わせてもいられない。いもしない相手にプレゼントを選ぶフリはなかなか大変だった。

「日向さんは、お休みの日はどこか出かけたりしますか?」

 美夜はスフレチーズケーキを口の中に飲み込んだ後、尋ねた。

「休みか……うーん、特にこれといったことはしてないな。家で仕事をしてることが多いよ。後輩に誘われて出かけることもあるけど……それぐらいだ。ああ、最近は音楽を聴くようになったな。君のCDを聴くのにコンポを買った」

「日向さん自身は何かしたいとか、あんまりないんですか?」

「恥ずかしい話、あまり趣味がなくてね。仕事ばかりしてたんだ」

「お仕事に一生懸命なのは素敵だと思いますよ」

「MIYAさんはどうだい」

「私ですか? うーん、ピアノがあるから他のことはあんまり……」

「恋人と会ったりはしないのか?」

 穏やかだがいつもより少し低い声。なんだか聞いたことのない音だ。日向からは一度も。

「そういう人は……いません」

 期待しながらそう返す。日向は感情の分からない表情で宙を見つめていた。

 その問いかけにはどんな意味が込められているのだろう。ただ単に聞いただけなのか。それとも何か疑っているのか。

 なんとなく二人とも真面目な顔で佇んだ。

「日向さんは……新しい出会いとか、探さないんですか」

 言ったそばから後悔した。日向は離婚したばかりだ。すべき質問ではなかった。

 だがこのチャンスを逃すと自然に聴くことはできないかもしれない。

「こんなおじさんじゃ、出会いなんてないよ」

 日向は困ったように笑った。

「そんなことありません」

 つい大声を出すと周りにいる客が美夜の方を見る。美夜は恥ずかしくなった。なんだか必死な自分が格好悪い。

「日向さんは素敵です。出会いなんていくらでもあります」

 ただ、自分とは別の出会いを探されると困るのだが。それでも今は日向を慰めたかった。

「会社の女性にも同じことを言われたよ」

「えっそうなんですか」

「買ってもらえるのは有り難いことなんだけど、歳とったおじさんが恋愛に夢中になるなんて変だろう。落ち着かないといけない年頃なのに」

「そんなことないです。恋愛は何歳でもできるものですよ。それに日向さんは落ち着いてますし、大丈夫だと思います」

 むしろそんなことで諦めてもらったら困る。美夜は必死で説得した。

「じゃあ、私が誰かを好きになっても変だと思わないかい」

「思い────」

 《《ません》》。とは答えられなかった。その「誰か」は自分ではない。きっとそうじゃない。

 日向の恋は応援したい。けれどその相手が自分じゃないなら……。

 いつまでこんなことを続けるつもりだろう。日向はただのファンだ。勝手に憧れて、愛情を期待して、何も得られずに日向さえ去ってしまったら? また自分の理解者はいなくなってしまう。

 けれど物分かりよく日向の恋を応援なんて出来そうにない。既に自分の中で日向はただのファンなどではなくなっていた。