二人は百貨店に入り、架空の人物のために紳士用のコーナーでプレゼントを選んだ。

 美夜は大変だった。いもしない人物のことを尋ねられたので、仕方なしに日向ことを思い浮かべて答えた。いや、確信犯だ。本当は日向の好みが知りたかった。

「しかし、生徒からプレゼントをもらえるなんてその先生は随分慕われているんだな」

「そうですね。日向さんは……プレゼントとか普段もらいますか?」

「私は……そうだな。以前は誕生日や記念日に妻が色々してくれていたよ。ああ、会社からもプレゼントをもらったな。ハンカチとかコーヒーとか……」

 ────日向さんは、まだ奥さんのことが好きなのかな。

 なんだかショボンとした。離婚した話を聞いた時、正直安心していた。日向にとっては最悪のことだが、既婚者じゃなくてよかった、なんて思った。

 だが、落ち込むということは日向はその妻のことを愛していたということになる。

 ならこんなふうに誘って買い物に出かけたところで、その妻にとって代わることなど出来ないのではないだろうか。

 卑怯な考えだ。こんな女、日向が選ぶわけがない。

「MIYAさん?」

「あ……すみません」

「どうかしたかい?」

「……ごめんなさい。私今日無理に誘ってしまって。色々思い出して辛い……ですよね」

 日向は一瞬考えるような素振りを見せた。その後、柔らかい笑みを浮かべた。

「心配してくれてありがとう。けど、大丈夫だよ」

「でも……」

「あの時は辛かったけど、今はもうだいぶん吹っ切れたんだ。離婚した方が私達にとっては良かった。あのまま関係を続けてもきっといいことにはならなかっただろう。人生の再スタートってことで、前向きに考えているよ」

「本当にですか?」

「君のピアノのおかげだ」

 伺うように見上げると、日向は少し照れた顔をしながら視線を下げた。

 聞いていたはずなのに、思いがけない言葉に息が詰まる。みっともない卑怯なことばかり考えていた自分が情けなくなった。

「辛いとかあんまり考えないようにしていたんだけど、君のピアノを聴くと不思議と悲しくなってきてね。ああ、私も我慢していたのかってようやく気付いたんだ。それからすごく楽になったんだよ」

「……お母さんに教わっていた時、言われたんです。ピアノはうまく弾けるだけじゃダメよって。たくさん感情を込めないと聞いてる人には伝わらないって。私はまだ経験が浅いから、日向さんを慰めるほどの演奏はできないと思いますけど……」

「経験とか年齢は関係ないよ。お客さんを感動させるのに表面的なものなんていらないんじゃないかな。私は君の演奏がいいと思った。それだけだ」

「……私も、少しはお役に立てたってことでしょうか」

「少しじゃないよ。いつもだ」

 美夜は顔を逸らし、恥ずかしさで俯いた。

 日向が自分のことを思ってくれていたらどんなにいいだろう。自分のことをただのピアニストではなく、女性として見てくれていたら────。