暗い夜道の中ハンドルを握った辰美は、赤信号で車を停めた。バックミラーに映った自分の顔を見て、その顔が「悩みを抱いている」ことに気が付く。

 美夜と付き合うようになってはや数ヶ月。何度も夢に見ただけに、美夜と一緒にいられる時間は本当に幸せだった。こんなの歳上のおじさん相手に、美夜はいつも愛情を示してくれる。

 だが────。

 ────あんなに平然と結婚の話をするなんて。彼女は俺のことを結婚相手として見てないのか?

 車内に深いため息が零れた。青信号になり、アクセルを踏む。

 美夜と自分は十八歳差。現実的に考えて結婚相手として不十分だと理解している。それでも、こんな歳で付き合おうと思ったのは美夜とずっと一緒にいたいからだ。

 美夜だって三十歳で、結婚適齢期だ。考えていても不思議ではない歳なのに。

 友人の結婚式の話をしても、なんとも思っていない様子だ。それとも、ピアノのことで頭がいっぱいなのだろうか。

 交際を申し込んだ時点で結婚のことは視野に入れていた。適当な付き合いではない。

 だが、美夜はそうではないのだろうか。もうすぐ五十歳になろうという自分と結婚なんて、考えられないだろうか。

 世の中には事実婚なんてものもあるし、最近はそういった関係のままでいる恋人も多いという。美夜もそうなのだろうか。

 美夜は六年前に比べ、格段に忙しくなった。大なり小なり仕事はいつもある状態で、一緒にいても仕事のやりとりをしていることも増えた。

 それに不満があるわけではない。ただ、そんな中でも美夜が時間を作ろうとしてくれているから、いっそ結婚してしまえば多少は余裕ができるのではないかと思っただけだ。

 美夜は不服そうだが、家事なんてある程度は家電がやってくれるのだし洗い物だって食洗機に任せればいい。たまたま自分の部屋にないだけで、一緒に暮らしたら便利がいいように変えればいいだけだ。

 だがそもそも美夜が結婚する気がないのなら考えても意味がない。

 やっと美夜と会えたばかりで、高望みなんてすべきではないのかもしれない。美夜がこのままがいいと言うならそれでもいいだろう。

 一度離婚してその相手と裁判沙汰になった自分がもう一度結婚したいなんて、説得力がないだろうか。