1週間後の日曜日、瑚々に変化があったって聞いて病院に走った。

目を覚ましているかも、意識だけでも戻ってて欲しい。

コンコン。

部屋に入ると、瑚々は起きてこそいなかったけど瑚々のお母さんも俺と同じことを先生に聞いたらしい。

駆け寄って、手を握るとしっかりとしたぬくもりがあった。

顔色も、ちゃんと血液が全身を流れている。正常な人の顔色だった。

その時、

「ん......。」

目の前の瑚々が声を出した。

そして、ゆっくりと目を開けた。2週間ぶりにみる瑚々の目を開けている顔。

『瑚々っ!』

衝動的に名前を呼びながら顔を覗いた。

瑚々のお母さんもその様子をみて近くにきて瑚々の様子をみていた。

「お母さん......と、」

瑚々はお母さんと口にした。瑚々が目を覚ました。

『瑚々!良かった......。本当に良かった。』

もう、今はただただそう言うことしか出来ないくらい嬉しくて、俺はその場に崩れるように瑚々の手を握りながらしゃがみこんだ。

でも......。

「......あの、あなた......誰ですか?」

瑚々が俺に向けたものは、毎日、好き。と言い合っていた瑚々ではなくて、初対面の人に向ける他人行儀な目、言葉、雰囲気。

『瑚々?』

名前を呼んでも、「なぁに?」と笑顔で返事をしてくれる瑚々ではない。

明らかに、瑚々の目に映っているのは知らない人と認識された俺の姿......。

「瑚々、どうしたの?」

その様子を見ていた瑚々のお母さんが発した言葉への返事で事態が、瑚々の不思議な言動と一致した。

「どうしたのって。お母さんは、この子のこと知ってるの?なんでこの子は私の名前を知ってるの?」

瑚々がこの子と言っているのは紛れもなく俺だった。......まさか......そんな。

驚いているのは、俺だけではなかった。瑚々のお母さんも絶句してて病室には沈黙が続いた。

沈黙を破ったのは、瑚々のお母さんの発言。

「瑚々、まず、先生の診察をうけましょ。目が覚めてホントに良かったわ。飲み物も飲んで......ね。」

しばらくして担当の先生が焦った様子で瑚々の病室に来た。

あの場にいるのが怖くなった俺は廊下に出ていた。

瑚々の部屋の扉が開いたのは診察が始まってから20分後くらいだった。

瑚々のお母さんが担当の先生と出てきて、説明をうけるそうだった。

瑚々のお母さんに「香澄くんも。来て。」と呼ばれたので、後をついていった。

『瑚々ちゃんの意識が戻り、体のほうも回復にむかっています。ですが、
海外からの論文や資料に書いてあったとおり、瑚々ちゃんには後遺症となる部分的な記憶障害がみられます。』

記憶障害......。テレビのドラマでしか聞いたことのない単語だった。

『宮槻くん』

『はい。』

『今、瑚々ちゃんは、おそらく君の学校に転校したところまでは覚えているが、君と付き合っていたことは忘れている。』

あり得なかった。信じたくなかった。

転校したことを覚えていても、付き合っていたことは忘れている。ということは、

俺のことをただのクラスメイトとして認識してるということを意味していた。

『もちろん。僕のことも、瑚々ちゃんは誰?と言っていたが僕は思い出してもらわなくても医者だから何度か経験したことはある。』

その後も、症状のことを淡々と説明していく先生の言葉は俺の耳には入らないくらい頭がいっぱいだたった。

転校した後の記憶がないのだから、担当の先生のことまで忘れていた。

頭が真っ白になった。瑚々が俺と付き合っていたことを忘れるなんて......。

大好きと言い合っていた輝かしい日々に亀裂が入った。

『辛いかもしれないけど、前に言ったとおり、希望をもって待つしかないと思う。部分的に忘れているから、全て忘れた記憶障害より思い出すスピードは速いんだ。』

希望を持たなきゃいけないのは分かってる......。けど、

今は、忘れられたことのほうがショックで言葉がでてこなかった。

部屋に戻った後も、瑚々は思い出してくれなくて、さっき瑚々のお母さんと決めた最終手段に踏み切った。

『瑚々ちゃん、さっきは驚かしてごめんね。俺は、君のクラスメイトの宮槻香澄です。
ちなみに隣の席。瑚々ちゃんに学校のプリントとかを渡しに来てたんだ。』

思い出すきっかけをふんだんに詰め込んだ自己紹介をする。

ちゃんを取って呼んだら、親しい関係の人と認識するかもしれないから、新川くんと出会う前と同じように"瑚々ちゃん"と呼んだ。

もう、名前を呼んだだけで、付き合っていたことを思い出せないのなら、もう一度最初から。

名づけて、「ただのクラスメイト作戦」

そんな自己紹介をしても瑚々は疑うような視線をやめてはくれない。

すごく心が痛かった。でも、思い出してもらうために頑張ることを決めた。

何秒か沈黙が続いた。

最後に、瑚々が好きだといってくれた笑顔をみて、やっと瑚々は安心したようで、

「よろしく。宮槻くん。」とハニかんだ笑顔で言った。

そのハニかんだ笑顔を俺がなによりも可愛くて愛しく思っていたことさえも忘れてしまったなんて、信じられなかった。

『よろしく。瑚々ちゃん。』

可愛すぎて今にでも、抱きしめたい衝動を抑えて、『じゃあ、俺はこれで。』と言って病室を出た。

泣いても、瑚々は喜ばない。ただそれだけを考えて家に帰った。

瑚々のことが好きだという自覚を忘れないように。

瑚々が俺と付き合っていたことを忘れてしまってから、早1週間。

今もなお、記憶障害がいい方向に進む様子は見られない。

少しでも、一緒にいてあげたい。たとえ忘れられていても俺は君に「どんな君でも好き」と言ったことを忘れはしない。

たとえ、君が今好きでいなくても、必ず好きにさせて見せるから。

                                  香澄sideFin