コンコン。

どうぞ。と聞こえた声は瑚々のものではなかった。

部屋に入ると瑚々のお母さんにビックリされた。

きっと日曜日でもないのに俺がきたからだろう。とすぐ理解したけど。

ホッとしたのもつかの間で......。

部屋の中には、見たこともない機械がいくつも並んでいてそれは全て瑚々のベットにつながり、この音はなんだろうか。一定のリズムでピコンピコンとなるこの音、音の方に目を向けるとドラマなどでよく見る心拍の音なのだと理解した。

そして、瑚々も起きてはいなかった。

瑚々の名前を呼んで駆け寄った佐藤もベットの前で絶句していて。

瑚々の顔みたら泣いてしまいそうだったけど、見なかったら後悔する気が頭のどこかでして、見ることを決意した。

っつ......。

目の前にいる瑚々は、3日前一緒にいた元気な瑚々ではなくて、腕はさらに痩せて顔色もいいとは言えなくて、呼吸もしているのに血液が流れているのか。と疑ってしまうくらい顔や腕が、見えている肌全部が雪のように白かった。

雪のように白いなんて、美白のように聞こえるかもだが、決して健康的な色ではない。

腕の所々には血管が浮き出すほどのところもある。

「ごめんね。せっかく会いにきてくれたのに」

固まっていた俺達に後ろから声をかけた瑚々のお母さんの声は泣いている時の声としか受け取れなかった。

『瑚々、目、覚ましてないんですか......?』

自分でも驚くくらい声が上手くでなくて聞こえるくらいのボリュームで話すので精一杯だった。

瑚々のお母さんも、頷くことしか今はできないくらい震えていた。

「今、脳の中でパニックみたいなのが起きているらしくて......意識が戻ったとしても、後遺症が残る可能性が......あ、る......って......」

震える声で説明してくれた瑚々のお母さんは喋るうちに涙が零れていて佐藤が駆け寄り、近くの椅子に座らせた。

後遺症......?

そんな、たった3日前まで俺と話していた瑚々が......?

急変でさえ、ありえないと思ったのに......何。今度は後遺症?

全く、バカげてる。

バカげてる。そう思っているのに、顔をいくつもの水の筋が通り、そのまま落ちていく。

俺......泣いてるのか......?

もう一度、瑚々を見ても、真っ白で落ち着いた呼吸をしないで人工呼吸器をつけていて体に何本もの管らしきものがついている瑚々の姿は、数日前まで元気だった瑚々とは違う痛々しい姿しか目に映らなかった。

一瞬でも、瑚々がいないこれからを想像してしまって息が止まりそうになった。

病室で俺が泣くことは許されない。

泣いてしまったら、瑚々が目の前で痛々しく苦しんでいることを他人事として捉えてしまいそうだったから。

俺は、瑚々の彼氏だ。瑚々のことがこの世界で誰よりも一番大好きだ。

瑚々と出逢わせてくれた神様にずっと感謝してたけど、今は違う。

瑚々をこんなめにした神様が憎たらしくて仕方ない。

こんなことになるかもしれないとは瑚々から聞いていたから状況を飲み込めるんだろうと思っていたけど、そんなはずなかった。

どんなに覚悟してても、好きな人が苦しんでいる姿を目の前でみて、......何も自分に出来なくて、今すぐ起こしたいのに、その願いが簡単には叶わなくて。

どうしようもないくらい、今、瑚々の声が聞きたいのに。

瑚々って呼びかけたら起きてくれそうなのに......。


帰りの車内で、佐藤は病室で泣けない分の涙をずっと流していた。

俺も、瑚々に何もしてあげられない自分が醜くて、ただひたすら太ももの上で手を握り締めていた。

俺は、瑚々になにがしてあげられる......?

瑚々は俺といて幸せなのか......?

瑚々の後遺症......ってなんなんだ......?

その日の夜は眠れるはずがなくベットに寝っ転がって暗闇のなか、ずっとそんなことを考えていた。