学校で春希に会ったら謝ろう。何も悪いことしていないのに八つ当たりをしてしまった。ただ、元気づけようとしてくれただけなのに。
 だが、学校で一日過ごしても春希の姿が見えない。学校中、探し回ってみてもいなかった。今日は学校を休んでいるのだろうか。
 





 それから一週間、探し続けているが、いまだに春希と出会わない。体調でも悪くして休んでいるのだろうか。担任の教師に聞いてみると、困った顔をして、さぁ?と言って竜から逃げるようにして去っていった。
「なぁ、春希見なかった?」
「見てないよ」
「困ったなぁ。謝りたいのに」
 渚と海里に聞いてみるが、やはり見ていないらしい。まさか、嫌われて会いたくないから隠れているのだろうか。そんなことを考えると泣きそうになってくる。
クラスメイトにも聞きに行こうとすると、海里が腕を引っ張って止める。
「家は?」
「え?」
「春希ちゃんの家、知ってるでしょ?幼なじみなんだし」
 家、春希の家。最近は行ってない。いや、最近というより、記憶が朧気で、遠い昔のように思える。思い出そうとすると、霧がかかったみたいにはっきりと思い浮かべられない。
「忘れたの?」
「忘れた、みたい」
 そうだ、郁留なら知っているかもしれない。小さい頃、よく三人で遊んでいたから。
 急いで郁留の元へ向かい、春希の家を聞くと、郁留は眉間にぎゅっと力を入れ、悲しそうな顔をした。
「郁留も忘れた?よく一緒に遊んでいたから、覚えてるかなと思ったけど」
「ごめん」
 郁留は下を向いて顔を反らした。
「ねぇ、竜。ずっと思ってたんだけどさ」
 ずっと不思議そうな顔をして竜について来ていた渚は、どうにも分からないと竜に質問する。
「春希ちゃんってどんな子?」
 数秒、思考が停止した。渚が何を言っているのか分からなかった。
「見たことないからさ、特徴が分かれば俺も探せるし」
「渚!」
 親切心で竜に質問した渚は、海里にもう喋るなと怒られる。渚は、なぜ海里が怒っているのか本気で分かっていない様子だ。
 何故、渚は春希が分からないのだろう。だって、クラスは違うけど同じ学校に通っているのに。あれ?何組だった?何故分からないのだろう。家だって、分からないわけないのに。なんだか、だんだん嫌な予感がして呼吸が浅くなっていく。
「竜、深呼吸しな」
 郁留が竜の背中をさすり、深呼吸を促すが、耳鳴りがしてよく聞こえない。渚と海里も何か言っているが、耳鳴りがひどくなっていく。ぐるりと景色が反転し、郁留に体重を全て預けて意識を失った。










 目が覚めると、保健室のベッドに寝かされていた。渚が心配そうに竜の顔を覗き込んでいる。
「竜、ごめんね。多分、余計なことを言ったんだよね」
 珍しく大人しい渚。可哀想なことに、訳が分からないまま海里に怒られ、竜が倒れてショックを受けていた。
「起きたのか」
仕切られたカーテンから郁留と海里も入ってきた。
「体調はどう?」
「ちょっと気持ち悪いのと、頭も痛い」
 海里と郁留は、どうする?と視線を合わせる。三人とも竜の顔色をうかがっている。よそよそしさを感じた竜は皆に気を使わせていると気づき、悲しくなった。
「春希ちゃんの話をしても大丈夫?」
海里が聞いて、竜がうなずいた。
「春希はいないのか」
 よく考えてみたら、春希が他の人と話しているところを見たことがない。竜は当たり前のように同じ学校の生徒だと思っていた斉藤春希の話をしていたが、渚や海里はずっと知らない子の話を聞いていたということだ。
「この学校の普通科にも特進科にもいないね」
「じゃあ、ずっと夢でも見ていたのかな」
 それにしても長い夢だった。いや、幻覚か、妄想か。ずっと春希と一緒にいたように思うが、いつからだっただろう。
「意外に冷静なんだね。もっと取り乱すかと思った」
「十分取り乱したと思うけど」
 本当はもうずっと前からおかしいと思っていた。春希がいるはずのない時や場所に現れるから。おかしいと思いながらも、春希の姿が見えてしまうのだから何が現実なのか分からないまま過ごしていた。
「俺はいつから誰もいないところに向かって話してた?」
竜は幼なじみでもある郁留に尋ねた。
「僕の知る限りでは、竜の親の通夜の日」
 十歳の頃。六年前。記憶が曖昧で、よく思い出せない。
 思い出そうと考え込む竜を見て心配そうにする郁留。
「竜、辛いなら無理に思い出さなくていいよ」
「辛くないよ」
 事故で親を亡くしたことが辛くないと言えば嘘になるし、悲しかったり、寂しかったりはする。だけど、周りが心配するよりも平気だった。事故前後の記憶が曖昧だったのだ。さらに言えば親の顔も霞がかっていてピンとこない。放心状態だった自分の傍には稜輔や千秋、郁留はもちろんだけど、いつも春希がいてくれた。でも、その春希に実体はなかった。端から見たら、寂しさのあまり幻覚が見えている可哀想な人に映るかもしれない。だから時々、悲しそうな目で見てくる人がいたのだと理解した。
「春希ちゃんを探す気はなくなった?」
「だって全部、俺の勝手な妄想なんだろ。気持ち悪いよな。幼なじみの女の子とずっと一緒にいる妄想していたなんて」
 探したところで、もし会えても春希にとっては昔の友達ぐらいにしか思わないだろう。何年も会わなかった友達にいきなり探されても訳が分からないだろう。まさか、貴女の妄想を毎日していましたなんて言えるわけない。
「会いたくないの?」
「会えるなら会いたいけど、春希に気持ち悪がられたらと思うと」
「その程度で済めばいいけどね」
「傷つくんですけど」
 皆が触れないでおいた腫れ物の部分を容赦なくつつく海里に、郁留は青い顔をして止めようとする。
「なんでよ。竜は大丈夫そうだよ。ただ、春希ちゃんといた事実がなくて、自分が妄想を繰り広げていたのがショックだったんでしょ?」
「でも、あんまり刺激しない方がいいよ」
「じゃあ、腫れ物扱いするの?何年もほっとかないで、もっと早くに気づかせてあげればよかったんじゃない?」
「それは」
 海里に言い負かされて、黙ってうなだれる郁留。言い過ぎてしまったと気づいた海里は小さく、ごめん。と謝った。
「僕は、竜が春希ちゃんを探せばいいなと思ってる」
「どうして海里がそんなこと」
「春希ちゃんが見つかったら教えてあげる」
 何故、海里がそこまで春希を探してほしいのか、理由は教えてくれないが、切実に願っていることだけ伝わってきた。
「じゃあ、探してみる」
 見つかったとして、会いたい気持ちはあるが、怖い気持ちもある。今までが自分の妄想だったとしても、大切な人というのは変わらないが、春希はどう思うのだろう。
 方針が決まったところで、今で黙って聞いていた渚が口を開いた。
「実際に春希ちゃんと竜はいつから会ってないの?」
 事故前後の記憶を思い出そうとするが、やっぱりはっきりしない。たしか一緒に遊びに行こうとしたので春希も竜同様、事故に巻き込まれたはずだが、通夜の日に無傷の春希が現れたので怪我はなかったのだと思っていた。だけど通夜の日の春希が幻覚だとすると怪我をしていたのかどうか分からない。
「大きなショックを受けた時、記憶喪失になることがあるらしいよ」
 これが記憶喪失というものか。日常に支障がなかったので意識することもなかったが、親の顔が曖昧というのは確かにおかしい。
「今から事実だけ見せるけど、大丈夫?」
「うん」
 郁留は制服のポケットから折り畳まれた印刷用紙を取り出してベッドの上で広げた。市民新聞のコピーだった。日付は六年前の事故の日。竜の家族が見舞われた事故の記事だった。