「今日の晩御飯は何がいいかな」
学校の帰りに竜は春希とスーパーに寄った。竜は商品よく見もせずカートに入れようとするが、春希は野菜をよく観察したり、製造年月日を見たりしている。春希がいないと古い商品を買っても気づかないかもしれない。
 竜は叔父の稜輔と稜輔の恋人の千秋と三人暮らしをしている。仕事で帰りが遅くなる二人に代わって高校生になってから家事はなるべくするように買って出た。だが、もともと几帳面な性格ではないので掃除が出来なかったり洗濯物が溜まったりしてしまう。
「さすがにそろそろ掃除しないと大変なことになりそうだなぁ」
「今日は天気がいいからお掃除日和だね」
春希が優しく「頑張ろうね!」と応援してくれているので、少しやる気が起きた。



家に帰り、スーパーで買ったものを冷蔵庫に入れていると、春希が突然「ひぃ!」と小さく悲鳴を上げ、竜の腕にしがみついた。
「何?何?どうしたの?」
春希にしがみつかれて浮かれそうになったのもつかの間、黒光りした虫がカサカサと床を移動しているのが目に入った。
「ひぃいいい!!」
春希よりも大きな悲鳴を上げる竜。思わず春希に全力で抱きつく。
「竜君、スプレーとか、ある?」
抱きつかれた春希は、身動きがとれないと、竜の胸をたたく。
「あ、ごめん!」
春希に言われた通りスプレーを探すと、すぐに近くの戸棚にしまってあった。近づくことさえおっかなびっくりな竜に代わり、春希が虫に向かってスプレーを噴射し退治した。
「春希は怖くないの?」
「最初はびっくりしたけど、大丈夫」
女の子より大きな悲鳴をあげて怖がっている自分が情けなく思えて肩を落とした。
「よし!掃除する!」
もとはといえば、家が汚いから虫が出てくるんだ。春希の前で醜態をさらしたことで尻に火がついた。
散らかっている物をもとの場所に戻し、掃除機をかける。淀んだ空気が澄んでいくように感じた。掃除をしていて気づいたが、ほとんど自分が散らかしたものだった。
 春希はその間、洗濯をしてくれていた。溜まりに溜まった洗濯物もほとんどが自分のものだった。
「竜君、あの部屋は?」
「客間?そこは滅多に入らないし、散らかってもないよ」
「誰かお客さん来たりしないの?」
滅多に入らないが、滅多に掃除もしていない。
「ついでに掃除機だけでもかけておくか」
客間に入ると埃が舞っていた。カビ臭いし、くしゃみがひっきりなしに出てくる。すぐに換気をして、掃除機をかけた。
春希がカビ臭くなった布団や座布団をはたいてくれたので、カビ臭さが緩和された。
「綺麗になったな」
掃除は苦手だが、した後はすっきりして気持ちがいい。
「じゃあ、私帰るね」
「ありがとうな」
いつも竜の手伝いが終わると、すぐに帰り支度を始める春希。家まで送ると言っても、すぐ近くだからと断られる。世話を焼くのが好きなのに、人に世話を焼かれるのが苦手なのだろうか。
春希が帰った後、すぐに稜輔と千秋が二人で帰って来た。
「掃除したの?綺麗になってる」
「掃除せざるおえなくなってね」
黒光りの虫のことは二人にはふせておくことにした。
「春希が手伝ってくれたんだ」
「そうなの?参ったなぁ」
家が汚いところを見られたのは恥ずかしいなぁ、と稜輔は苦笑いして頭をかいた。
「買い物も一緒に行ったんだ。新鮮な物の見分け方とか教えてくれて」
買い物して、掃除して、それから次は?
晩御飯を作ることはすっかり忘れていた。時間は19時。今から作るとなると、手際が悪い竜は、たいぶ遅い時間になってしまう。
「やっぱり、ちゃんと出来ないや」
本当は稜輔と千秋が帰って来てすぐにご飯が食べられるようにしておきたかったのだが、結局目先のことしか考えられていない。もっと計画を立てて順序よく物事を進められるようになればいいのに。
「ちゃんとしたら竜じゃなくなっちゃうじゃない。嫌よ、そんな面白くない子は」
千秋は竜の背中をバシバシ叩きながら笑った。
「今日は外食しようか」
稜輔は竜の頭をくしゃくしゃと撫でて優しく笑った。
いつも竜が失敗すると、千秋は不器用に励ましてくれるし、稜輔は優しく許してくれる。本当に悪いことをした時にしか叱られることはない。気を使われているのだろうな。二人とも優しい人だから。
「ほら、何食べたいの?」
千秋に聞かれたので、ここは素直に答えた。
「焼肉!」