海里side


 僕の世界は騒がしい。視界には生きている人間も死んでいる人間も映る。耳には街の音の他に、知らない誰かの訴える声が聞こえる。
 山本渚は小学校からずっと同じクラスの腐れ縁だ。いつの間にか一緒に行動するようになったが、陽気な彼が陰気な僕と一緒にいて楽しいのだろうかと疑問に思う。ただ、渚だけが霊感があると言っても素直に受け入れてくれた。信じなかったり茶化したり気味悪がったりせずに、まるで世間話を聞いたかのように「へぇ、そうなんだ」とだけ言った。時々、誰かの声が騒がしすぎて気分が悪くなると「また何か言われたの?」と収まるまで背中をさすってくれたこともあった。
 高校で奇妙な生徒を見かけた。二ノ宮竜。彼は一人になると春希と呼ぶ女の子と親しげに話をする。昔からの友達の様に、長年連れ添った恋人の様に。春希ちゃんはそこにはいないのに。だけど、僕には見えた。僕に見えるということは、彼女は霊なのだろうか。だけど、春希ちゃんを見ていても気分が悪くならない。竜に話しかける声は春風のように柔らかく暖かい。実体がないはずなのに体温のようなものも感じる。
ふと、二ノ宮竜が二ノ宮郁留に話しかけに行くと、春希ちゃんの姿はすっと消える。竜は郁留に当たり前のように春希ちゃんの話をすると、春希ちゃんが見えていない郁留も当たり前のように聞いている。奇妙だった。
 やがて、渚は竜と波長が合ったのかすぐに友達になった。僕も、大人しいが頭のいい郁留と話しをするのが楽しくてよく遊ぶ様になった。四人で集まるようになるのに時間はかからなかった。
 竜は、僕と渚にも春希ちゃんの話を当たり前のようにする。渚はまた素直に「へぇ、そうなんだ」と聞いていた。郁留は、竜が僕や渚に春希ちゃんの話をすると少しだけ心配そうにしていた。
 ある日、竜の前から春希ちゃんがいなくなった。竜が春希ちゃんを怒鳴ったそうだ。謝りたい竜は学校に来ると、学校中ぐるぐる回り春希ちゃんを探していた。どうやら春希ちゃんのことは実体がないと気づいていなかったらしい。一週間経って、竜がクラスメイトに春希ちゃんのことを聞きに行こうとした。クラスメイトはもちろん知るはずもない。竜が茶化されたり気味悪がられたりするかもしれない。慌てて「家には行ったのか」と聞いてクラスメイトの方へ行かないように気を逸らした。すると、竜の様子が少しおかしくなり、走って郁留のクラスへ行ってしまった。混乱させてしまったようだ。昔、竜と共に春希ちゃんと面識があったらしい郁留に確認を取ろうとする竜は焦りから顔色が悪い。様子がおかしい竜が訪ねてくるので、郁留は戸惑いつつも当たり障りのない返事をして様子を伺っていた。一連の流れを黙って聞いていた渚は素直に心配して「春希ちゃんってどんな子?」と聞いた。この渚の一言で竜の認識が無理矢理正され、混乱していた竜は更に混乱し、ついに顔色が真っ青になり目を回して倒れてしまった。僕は何も知らない渚を怒鳴った。
 郁留は倒れた竜を背負って保健室へ運び、ベッドに寝かせると「すぐ戻る」と言って図書室へ行ってしまった。僕と渚は保健室で郁留の帰りを待つが、先ほど怒鳴ってしまったので気まずい空気になっている。いつも明るい渚は珍しく元気がない。「ごめん」と謝ると、渚は小さく「うん」とだけ返事をした。
 郁留が図書室から戻り、しばらくして竜の目が覚めた。どんな声をかければ混乱を招かないだろうか。取り乱したらどうしようかと思っていたが、思いのほか竜は静かに受け入れようとしていた。というより、諦めて落ち着こうとしていた。気持ちの切り替えがやけに手慣れていたので、きっと以前も自分が落ち着くために諦めという手段をとったことがあるのだろう。だけど、僕は竜に春希ちゃんのことを諦めて欲しくなかった。実体がない時点で生きているかは分からないが、あの春風のような女の子は、多分ひたむきに竜を待っているような気がした。僕は混乱し尽くして冷静になっている竜に全く気を使わずにありのままを話そうとした。冷静になっている今、もう一段階気持ちを切り替えて本当の春希ちゃんを探そうという気になって欲しかったから。すると、終始竜を心配していた郁留があまり刺激しないようにと言ってきた。僕は周りも巻き込んで本当のことを言わず竜に話を合わせて過ごしてきたことを問い詰めてしまった。
 結果的に竜は春希ちゃんを探すと言ってくれたが、この短時間で友達を次々と傷つける自分に嫌気がさした。
「ごめん」
 竜が帰った後、もう一度渚と郁留に謝ると、渚はいつもの笑顔に戻り「俺たちも帰ろう」と言った。郁留の方を見てみると、「大丈夫だ」と不器用に微笑んでいた。