「おはよう」
「あ、おはよう」
 海里は朝礼前に竜に声をかけに行った。クラス中で持ちきりになっている、とあるカップルの話をしに。
「昨日、公園で乳繰り合っているカップルがいたって話、知ってる?」
「は?」
「高校生の噂話なんて、尾ひれなんかいくらでもつくよ。みんな好き勝手言うんだから」
 竜は最初、意味が分からなかったが、だんだん自分と春希のことを言われているのだと気がついた。ただ、公園で話をしていただけなのにイチャついていると思われていたのか。
「どうしよう。春希が嫌な思いしないといいんだけど」
 心配していると、春希が教室に入ってきた。席に座ると女子が数人、春希を囲んで話しかけに行った。
「斉藤さん、変なことされてない?」
「嫌なことがあったら、代わりに言ってきてあげるからね」
 どうやら女子達は春希を心配してくれているようだが、竜に対して信用が全くないらしい。何もした覚えはないが、デリカシーのなさが滲み出ているのだろうか。
 春希もまた、何のことか分かっていなかったが、女子から説明を受けると、首を振って否定した。
「お話していただけだよ。竜君はとても優しいよ。幼なじみだから、つい距離が近くなってしまうの」
 女子達はチラッと竜の方へ疑惑の目を向けたが、春希の否定もあり興味をなくして別の話題で盛り上がり始めた。
「誰だ。変な噂流した奴は」
「そういう話が好きなお年頃だからね」
 仕方ないよと海里は竜を諭した。
 海里は、竜と春希に関してちょくちょく助言をしたり、庇ったりしてくれる。そういえば、春希を探すように言ったのは海里だった。
「そうだ。海里に聞いてないことがある」
 何故、海里は竜に春希を探すように言ったのか。海里は春希に会ったことがなかったはずなのに。
「あー、えっと」
 大人数が集まっている教室では話したくない様子だ。海里は廊下の方を指差して教室から出て行った。すぐに追いかけると、廊下の端で誰もいないかキョロキョロして確認している。
「言いたくないなら、大丈夫だよ?」
 どうしても知りたいわけではなく、ただ疑問に思って興味本位で聞いただけなので、人目を避けてまで他人に聞かれたくない話なら無理して話さなくてもいいのにと思ったが、海里は一呼吸置いて話し始める。
「僕、人じゃないものが見えるんだ」
 海里は竜の反応を伺って、恐る恐る目を合わせた。
「幽霊ってこと?」
「多分、そんな感じかな」
 なるほど、霊感があるってことか。いきなりのカミングアウトで驚いたが、それより海里の霊感の話と春希を探してほしい理由が繋がらず混乱する竜。
「竜と高校で初めて会った時から、僕にはずっと春希ちゃんが見えていたんだ」
「え?」
 どういうことだ。春希が幽霊ってことか?でも、今現在クラスメイトと談笑しているし、生きている人間だ。未だにピンとこなくてさらに混乱する竜。
「今までいわゆる霊を見ると悪寒がしたり体がしんどくなったりしたんだけど、春希ちゃんが見えた時はその真逆で、実体がないだけで竜の側で生きているって思った」
 海里にも春希が見えていたということは竜の妄想というわけではなく、現実ということになる。やっぱり六年間、側にいてくれていた。そう考えると、春希が見た夢と竜の記憶が一致することに説明がつく。
「そっか。じゃあやっぱり、ずっと一緒だったんだ」
「竜は僕の言うことを素直に信じるんだね」
 海里に霊感があることについて何も疑問に思わずに素直に受け入れていた竜は、何を今更と笑った。
 自分以外の人間に見えないものが見えると言うのはどういう感覚だろうか。竜は春希がいるものだと思っていたが、海里は誰にも言えないまま、自分にしか分からない世界をずっと見ていたのだ。
「霊感があるって言ったら、変な奴って思われるか信じてないのに好奇心で近づいてくるかのどっちかだったから」
「そうなんだ。失礼な奴らだな」
 海里が今までに受けてきた扱いを聞いて、素直に憤る竜。気を使った素振りもなく、ただ素直な竜を見て嬉しくなった海里は思わず口元が緩む。
「見えるものなんか人それぞれだよな。自分が見えているものが全部じゃないんだから」
「同じ台詞を郁留も言っていたよ。やっぱり親戚だからか似ているよね」
 竜は我ながらいいことを言ったと思ったら、郁留と同じことを言ったと言われて恥ずかしくなり、うーんと唸り頭をかいた。