ちくり、ちくり、ちくり。
 色んな方向から刺さる視線に、はたと気付いて、ゆっくりと己の視線を巡らせる。
 ぱちり、ばちり。数人の見知らぬ人と目が合って。ひそり、ひそひそ。声は聞こえていないはずなのに、動く口元からそんなオノマトペが見えた。

「……そう……でも、もう、私は、あなたに関わりたくないから、」

 そうだった。ここは駅。公共の場だった。
 言葉を吐き捨てながら、くるりと身体の向きを変えて、歩き出す。

「っ、日南(ひなみ)

 外出はやめだ。もう、帰ろう。
 そう思ったけれど、どうやら、そう上手くことは運べないらしい。
 追いかけてくる足音と、背中に突き刺さった己の旧姓。臓器を売ろうと行動を起こすまでは、呼ばれていたし、名乗ってもいたそれに、ぴくりと鼓膜が反応を示す。けれども身体は、足は、止まることなく、ただひたすらに前へと進む。

「待って……なぁ、頼む、話……話、したい、本当に、なぁ……花梛(はな)、」

 やめて。
 振り向いて、そう怒鳴れたらどれだけ良かっただろう。あなたが呼んでいい名前なんて、私は持っていないんだと吐き捨てたい。