過去に付き合っていたからといっても、知った顔だからといっても、所詮は赤の他人。
 どうして、そこまでしてくれるのだろう。どうして、そこまでできるのだろうか。
 以前の私なら、全てを疑って、金のためだろうと結論付けていたに違いない。けれども今は、そうであって欲しくないと願う私がいる。

「……ねぇ、今さらだけど、聞いて、いい?」
「……ん?」
「……あの頃の私は、きみにとって、どんな、存在だった……?」

 またゆらり、彼の()が揺らいだ。

「……言葉で、言い表せるようなものじゃないくらい、大切な存在」
「……」
「もちろん、今も、これから先も、ずっと、花梛は、俺にとって、俺の、心臓、みたいな、」
「……しん……ぞう?」
「……ないと、死ぬでしょ、」
「……」
「あの頃は、て、いうか、あの学院にいる大半の人間は、他人をどう蹴落とすか、誰のどんな弱味を握っているか、とか、そういうのしか考えてないようなヤツらばかりだったから」
「……」
「そういうヤツらに、本気で愛してる、なんて、花梛が俺の全てで、弱味です、って言ってるようなものだから、ああやって、話を合わせるしか、花梛を護る方法がなかった」
「……護って、くれて、たんだ」
「……あ、いや、ごめん……恩着せがましかったよな……その、まぁ、平気で人を傷付けたりするような人間も珍しくない環境だったし……花梛には、笑ってて欲しいから、」
「……」
「って、ごめん、何かすごい恥ずかしいこと言ってる。今のはわす」
「忘れない」
「……え、や、」
「忘れてあげない」

 ぐにゃぐにゃに歪んだ視界のまま、にっ、と口角を上げた瞬間、今度はいつくものそれがぼたぼたと床に落ちていった。