「……もしかしなくても俺、だしにされた?」

 従業員くんの姿が見えなくなって、掴んでいた袖を離すと同時に向けられた、その言葉。
 ちらりと左斜め方向を見上げれば、怒っているわけでもなく、責めるわけでもなく、どちらかといえば「仕方がないなぁ」とでも言いたげな表情(かお)の朝地一咲と目が合った。

「……ごめん。あの人いたら、絶対家に送られるから」
「……誰かと約束があるのか?」

 ない。とは、もちろん、言えない。
 詮索されるのは好まないと言わんばかりに、視線を外せば、今度は私の袖が掴まれた。中にある手首ごと、がしりと。

「……なぁ、勘違いなら本当、ごめんだけどさ……花梛、マスターのこと」
「……何? 好きなのか、って?」
「……」
「好きだよ。それが、何?」
「……」
「……分かってるよ……不毛なのは。それに、もう、私、」
「……花梛?」
「……話、合わせてくれて、ありがとう。じゃあ私、もう行くから」

 手を離して。
 言外にそれを告げ、自分の方へと腕をひく。けれど、彼の手は、彼に掴まれたままの私の手首は、ぴくりとも動かなかった。