「してない」
「……」
「してない、よ」

 真っ直ぐに向けられた、その瞳。
 交わる視線の先にあるそれは、本気で、己の行動が最善であると思っているのだろう。真剣そのものでしかないそれが、今の私には眩し過ぎた。

「勝手にするのは気持ち悪いだろうなって思ったけど、花梛の、お母さんがいるところ、調べた」
「……」
「虐待がある、って……何度か、ニュースにもなってるし、裁判も起きてる」
「……」
「なぁ、花梛、」
「……お母さんは、大丈夫、だよ、」

 しかし、彼は引かなかった。
 膝の上にのせていた手のひらが、知らず知らず、拳に変わる。やたらと肩を触ったり、太ももの付け根や膝裏を擦る、面会時の母を思い出して、握り込んだ手のひらが、ぎちりと小さく呻いた。
 ニュースのことも、裁判のことも、知っている。だから、気になって「大丈夫?」と声をかけるけれど、相変わらず母は、「あの人はどこ?」としか言ってくれない。面会のときは、必ず職員がひとり付き添っているから服を脱がすわけにもいかず、確認できるのは露出している部分だけだ。だから、大丈夫だというよりも、きっと私が大丈夫なのだと思いたいのだろう。
 母は、施設に入ってからも、自傷行為を繰り返えしている。職員に見つかって窘められれば、しばらくは大人しくなるらしいのだけれど、手を焼いているのだと告げられたのは一度や二度ではない。
 目を離せば、きっと母は生きることをやめてしまう。けれども、私が働かなくては、生きていく上で必要なものが得られない。

「……面会のとき、注意して、見てるから……それに……あったとしても、もう、ここしか、」

 嫌味を言われながらでも、不名誉な噂があったとしても、裁判を起こされていたとしても、母をこの世に繋ぎ止めてくれる存在が、私には必要なんだ。