いつもと変わらない日常の中、彩響は又携帯の画面を確認した。やはり待っている着信はない。部屋に入ってきた佐藤君が心配そうに声をかける。


「編集長、調子はどうっすか?」

「え?なんで?」

「目にくま、凄いですよ。ちゃんと寝てますか?」


その言葉に彩響はさっそく鏡で自分の顔を確認した。言われたとおり、すごい疲れているように見える。佐藤君が恐る恐る質問した。


「その…あの方からはまだ連絡ないんすか?」

「…はい」

「会社には連絡したんですか?」

「したよ。でも、もう辞めた人だし、連絡先を自分達も知らないんだって。携帯番号も変えたらしいし」

「そうですか…」


二人の間に気まずい沈黙が流れる。しかし佐藤君はわざと明るく声を上げてくれた。


「大丈夫っすよ、編集長!きっと今頃何処かで頭でも冷やしているに間違いないっす!まだまだ青春だからいろいろあるんしょ!」

「一応あなたより年上の人なんだけど…」

「きっとそのうち連絡つくようになりますよ。きっとそうですよ!」


根拠のないポジティブさだけど、彩響は結局笑ってしまった。佐藤君のこんなところがとても好きだ。こういうタイプはどこ行っても愛されるだろう。


「ありがとう。そうだね、もう少し待ってみるよ」

「はい!」


その瞬間、彩響の携帯が鳴った。慌てて見ると、画面には「Mr.Pink」と表示されている。彩響が「通話」ボタンを押した。


「はい、峯野です」

「ハニー、ごきげんよう。河原塚くんから聞いたよ。最近君の家に行ってるけど、君が元気がないように見えるんだってね。心配で連絡したよ」

「河原塚さんもよほどの心配性ですね。私は大丈夫です」

「さて、どうかね。今君の会社の近所にいるけど、ちょっと会えないかね?」


又突然の訪問だ。彩響がパソコンを見ながら返事した。


「どうされましたか?今手が離せない状況ですが…」

「三和くんの話だよ」

一瞬タイピングをしていた手が止まった。彩響がぱっと席から立ち上がった。


「寛一さんですか?なんか連絡あったんですか?」

「直接話そう。以前のあのカフェで待ってるよ」


そう言って、電話は切れてしまった。彩響が急いで部屋を出ると、後ろから佐藤君が呼び止めた。


「編集長!もうすぐ会議が…!」

「ごめん、後20分だけずらして!頼んだよ!」

「ええー?!」


佐藤君の悲鳴に近い叫び声は無視して、彩響はそのまま約束の場所へと急いだ。



いつか待ち合わせしたことのあるお店に入ると、Mr.Pinkが手を振って迎えてくれた。急いで席に座ると、彼が微笑みながらお茶を勧めた。


「ハニー、来てくれてありがとう。ここのハーブティーがとてもいい香りでね、まずはちょっと飲んで落ち着こうか」


今すぐ話を聞きたいのに、Mr.Pinkはなかなか本題に入ってくれず、彩響の前に置かれたティーセットをじっと見つめていた。仕方なく彩響もそれを一口飲んだ。確かに、言われた通りのいい香りだが…今はこれを吟味している余裕がない。カップを下ろして、彩響が質問した。


「教えてください、彼は今どうしてますか?」

「三和くんは元気にしているらしい。私も直接連絡を貰ったわけではないので、なんともいえないが…河原塚くんには彼の居場所を教えたらしいね」

「どうして、いきなり仕事辞めたんですか?私、何かしましたか?」