「沙奈…。顔を上げろ。」
冨山さんは、私の顎を掬い目を合わせた。
「…少し、抱き上げていいか。」
「えっ?」
想像していなかった冨山さんの言葉に、驚いていると私の返事を聞くことなく冨山さんは私を抱き上げ、自分と向き合う形で座らせていた。
「少し、このまま話をさせてくれないか。」
「冨山さん?」
「沙奈の不安は、沙奈にしか分からない。
それに、沙奈にしか自分の気持ちは分からないからそう簡単に気持ちが分かるなんて言えない。
だけど、沙奈。
入退院を繰り返しながらも、ずっと勉強頑張って来ただろう?
夏休みや、冬休みの間もずっと補習を頑張って来た。
それって、沙奈が将来の目標に向けて頑張りたいって思ったからじゃないのか?
たしかに、遅れた分を取り戻すことは相当な努力が必要で、胆力だって必要だ。
だけど、今まで沙奈はその壁から逃げず諦めずここまで歩いて来れただろう?
そんな沙奈を見てきたから、俺は沙奈に本当に進みたい道を進んで行ってほしいと思う。
その道に進むための壁をたくさん乗り越えなければいけないと思うんだ。
それが、自分の人生を歩むっていうことだと思うから。」
背中を撫でながら、冨山さんの言葉が心の奥底に響いてくる。
「だけど…。私、医者に向いているのかな?
大翔先生や、紫苑達みたいになれるのかな…。
私、自分のことにいつも精一杯で周りなんて見る余裕なんてないし、そんな私が誰かの心や体を救えるような医者になれるのかな…。」
「沙奈は、医者になりたい気持ちがあるんだろう?」
「うん。私、大翔先生達のような医者になりたいよ。たくさんの人の力になりたい。」
「医者に向いてるかどうかはそこなんじゃないのか?
医者になりたい気持ちが強い沙奈なら、きっといい医者になれるよ。
医者に向いているのかどうかなんて、周りの尺度で決めることじゃないよ。
沙奈が、医者になりたい気持ちが1番大切だと思う。
周りとなんて、比べなくていい。沙奈は、沙奈のペースで未来を切り開いていけばいいんだ。
沙奈の将来は、沙奈にしか切り開けないんだから。
俺や、七瀬先生、大翔先生が出来るのは沙奈がそれをできるように、支えていくことだと思っている。
それに、沙奈は入退院を繰り返して多くの患者を見てきたと思うんだ。
そんな沙奈だから、医者になってからも患者さんの気持ちが分かる素敵な医者になれるって俺は思うよ。
病気があるからって、何かを諦める必要なんてないんだ。
自分の将来の夢に向かって、歩く権利は誰にだってあるんだから。」
「冨山さん…。」
冨山さんの、優しい言葉に涙が溢れ出ていた。
私の不安をかき消していくかのように。
心にかかった、大きな不安が取り除かれていた。
そうだよ。
誰に何て言われようと、どれだけの壁が私の目の前に現れたとしても、逃げたらダメだよね。
医者になりたい気持ちは、医者になるための決意は誰よりも強いんだから。
「ありがとう、冨山さん。
私、頑張ります。」
「ああ。だけど、1人で溜め込んだりするなよ。
俺達みんな、沙奈のことをサポートしていきたいって思っているから。
俺にできることは少ないかもしれないけど、また何か息詰まったりしたら気楽に話してほしい。
沙奈が、今不安を話してくれて少しほっとしたんだ。」
「うん!冨山さん、本当にありがとう。」
それから、私は冨山さんに見守られながら少しでも授業に間に合うように勉強を始めた。
「必ず、気分が悪くなったら言うんだからな。」
「うん。無理はしないから大丈夫だよ。」
温かく、穏やかな空間の中で隣に冨山さんがいてくれる安心感がある。
冨山さんと過ごす時間に、どこか懐かしい気持ちになっていた。


