「沙奈。」
「翔太…。」
「桃の缶詰買ってきたけど、食べられそうかな?」
沙奈は、頷いてくれた。
「大翔先生、沙奈は持ち込み食を食べてもいいですか?」
「いいよ。今は、食べられるものを食べて少しでも栄養をつけていかないとな。」
幸い、沙奈は体調が悪い時は冷たい物であれば比較的食べられる。
それに、元々あまり食べないから入院期間もそれ程厳しい食事制限を沙奈にしたことはなかった。
むしろ、もっと食べてほしいくらいだったからな。
心疾患を抱えた患者は、塩分制限やカロリーが半分に制限された食事を提供するように指示を出している。
沙奈の好き嫌いが激しいと知って、うちの管理栄養士は頭を抱えていた。
翔太は、桃の缶詰を開けて持ってきたお皿に桃を移した。
「ほら、沙奈。口開けて。」
翔太は、器用にフォークで桃を1口に切って沙奈の口元に運んだ。
「大丈夫、自分で食べられるから…」
そんな一言とは反対に、沙奈は起きていることでさえ辛いことが沙奈の表情から分かる。
「だけど、今起きてることでさえ辛いだろう?
血圧も、低すぎる。
なるべく、今は安静にしていてほしいんだ。」
「だけど、翔太。明日は仕事でしょう?
私のこと、心配してここにいてくれるのは嬉しいけど、あまり私に構ってると翔太がゆっくり休めなくなっちゃうから。」
沙奈の言葉を聞いて、翔太は沙奈を後ろから優しく包み込んだ。
「沙奈。今、大切なのは俺よりも自分の身体のことだ。
それに、少しでも長く俺は沙奈のそばにいたい。
沙奈の兄として、できることをしたいんだ。
だから、俺のことは気にしなくていい。
もっと頼って、甘えていいんだよ。」
沙奈は、いつも自分のことよりも相手のことを考えている。
相手に負担がかからないようにと、我慢してしまうことが多い。
もっと頼って、甘えてくれていいのに。
そのために、翔太達や俺がいる。
いつだって、沙奈の傍で支えていきたいと思っているのにな。
だけど、分かっている。
それは沙奈なりの思いやりだってことくらい。
それが、沙奈の優しさだから。
それでも、無理をしている沙奈の姿を見ているのはたまらなく苦しい。
心を許しあっている関係であるという気持ちになっている分だけ、沙奈にそういう一面が見られるとどこか切なくなってしまう。
それはきっと、俺だけではなく紫苑や翔太も同じだと思う。
「沙奈。翔太は、沙奈のことが心配なんだ。
俺も、同じで今はできるだけ沙奈のそばにいたいんだ。
だから、沙奈。今は俺達のことは心配せず頼れるところは頼ってほしい。
もっと、俺たちに寄りかかっていいんだよ。」
「そうだよ、沙奈。俺達の前では自分の気持ちのままでいてほしいんだ。」
不安で仕方ない気持ちを、無理矢理押さえ込んでいるんだろうな。
きっと、もう心の中での不安は限界を迎えているんだろう。
怖くて不安な気持ちを、今すぐにでも声に出したいはずだよな。
「翔太…。大翔先生…。」
沙奈は、潤んだ瞳で俺達を見つめる。
俺は、微かに光で見えた沙奈の一筋の涙の跡を指で拭った。
入院している時は、いつも夜になると寂しい表情をしている沙奈をずっと近くで見てきた。
話を聞くと言っても、大丈夫の一点張りで心が限界を迎えるまで話そうとはしなかった。
本当は、不安で仕方のない夜を1人で越したくはないんだろう。
誰かそばにいてほしいという気持ちが大きいんだろう。
人の気持ちに、誰よりも敏感な沙奈だからこそその言葉を俺達に伝えることができなかったんだろうな。
「…そばにいて。
1人にしないで、お願い…。」
今までに聞いたことがない沙奈の寂しい声に、うるさいほど心臓が音を立て締め付けられていた。


