「あれ、今日はもう帰っちゃうんだ?」
いつの間にそこにいたのか、長瀬くんが教室の扉に背を預けるように立っている。その立ち姿がとてもさまになっていて、少し大人っぽくて、私の心臓はまたドキリと音を立てて暴れ始めた。
「あ、うん、」
「ちょっと待ってて。一緒に帰ろう?」
「え、っと」
「ごめん、何か用事あった?」
「ううん、無い、けど」
「じゃあ、一緒に帰ろう」
そう言って長瀬くんは机の中の教科書を手際よく鞄へ仕舞い、「おまたせ」と優しく微笑んだ。
その瞬間、また、私の心臓が激しく脈打つ。
そして、気付いてしまった、この気持ちの意味を――
傍にいるだけで、こんなにもドキドキしてしまう意味。
姿を探して、見つけると目で追ってしまって、声を聞くだけで心がギュッとなる、その意味を。
「あの、」
「仁科さん、雨、好き?」
「あ、め?」
「ん、……あ、お菓子の方の “あめ” じゃなくて、空から降ってくる方の、“あめ”」
あぁ、同じ音で、違う意味を表すから。
「うーん、好き、かなぁ……?」
「ふはっ、疑問形?」
「う、ん、だって、嫌いじゃないけど、好きかって聞かれると、答えに困る、かな」



