【第4金曜日】
《試験期間につきご教授願う》
 と短いLINEが来た。
 大学院生の寛明。試験期間ね、はいはい、と思う麻衣子。仕事が終わったら行くと返信した。
 寛明が小学生の時中学受験を目指している彼の家庭教師をしたことがある。教職を離れて暫くフリーだった時のことだ。ほんの数ヶ月のことだったが、吸収の早い寛明に教えるのは楽しかった。目指す大学に合格したと久し振りに連絡が来た時は、生徒を育て上げた気がして誇らしかった。
 寛明が成人してから2人で酒でも飲もうという話になり、そこで再会したのだが、男らしく成長した寛明に麻衣子はどぎまぎしてしまった。寛明もまた、彼が女性を見ると必ず目が合うという経験を多くしている輩だ。
「大人になったら麻衣子にもう一度会うと決めてたんだ」
 と当時の寛明は言った。いつの間にか「先生」と呼ばなくなっていた。
「たかだか20年生きて何が大人よ」
 と麻衣子は笑ったが、その時の寛明の熱い視線にやられてしまった。関係は続き今に至っている。英語で論文を書く時などは《ご教授願う》とLINEが来るが、既に英語が堪能な寛明には教えることは実はもう無い。

「博士論文作成してたらムラムラして来ちゃって」
 と寛明は笑った。
 脳が飢餓状態になると性欲が頭をもたげるのは人間の生理らしい。空腹時に子孫を繁栄させようとする本能が剥き出しになるのが動物である。現代の日本に於いて出生率が落ちていると言うなら、若者に知的好奇心を持たせ飽食させないことだ。草食系が増えたのは親が子どもに何もかも与え過ぎることが原因なのだ。
 20代の若者の体は艶々していて力強い。麻衣子を軽々と抱き上げる。寛明が結婚相手をみつけた時、麻衣子は彼を快くリリース出来るか自信が無い。
「麻衣子とはずっとこんな関係でいたいな」
「寛明が結婚したら終わらなきゃ」
「結婚しても麻衣子とは会う」
「そんなの奥さんが許すわけない」
「墓まで持ってく」
「女は鋭いわよ。無理無理」
「だったら結婚しない」
「そんなご両親を悲しませるようなことしちゃダメ。ちゃんと孫の顔を見せてあげるべきよ」
「麻衣子だって離婚してるじゃんか。子ども居ないし」
「私だってわからないわよー。ある日突然子ども連れて来るかも」
「それでも別れたくない」
「そんなこと言わないの。順当な人生を全うしなさい」
「はーい、先生」