【大晦日】
 会社からは引き継ぎ不要と言われてはいたが、結局麻衣子が居なければ片付かない案件が次から次へとみつかり、麻衣子は大晦日まで出勤する羽目になっていた。麻衣子が独りで抱えていた案件が群を抜いて多かったこと、それを独りでこなしていたことに改めて周囲が呆れ、麻衣子の評価が上がった有様だ。
 正人はそれを知ってはいたが、まさかこれほどとは、と上司に報告していた。
 麻衣子のデスクは常に整然としており、ファイルのリクエストには即時に応じて流れが滞ることはなかった。デッドラインには余裕を持って当たり、クライアントを焦らせたことは一度も無い。
 今更ながら、麻衣子を独り赴任させることには何の無理も無駄も無いと周囲は麻衣子の能力を再度高く評価した。今後日本国内の案件に加えて麻衣子の報告書類を誰が麻衣子同様に処理出来るのか?という不安が芽生えたが、麻衣子なら完璧に仕上げた報告書を以てこちらでの手直しも疑問点も無いようにするに違いないと期待されていた。
 年が明けたら麻衣子は一切国内の案件にはタッチしないことにした。だから今夜は思う存分送別してもらい、海外赴任仕様に切り替えることにする。

 知子は店を貸し切りにし、今日は麻衣子の送別会と自分たちの婚約発表のパーティーを兼ね、両親を招んでいた。
「麻衣ちゃん、お久し振り!」
 店に入ると知子の母親が麻衣子をみつけて駆け寄って来た。知子同様美人の母親は現在専務職に就いている。
「おばさん、お久し振りです。この度は知子の婚約おめでとうございます」
「知子から聞いてるわよ。麻衣ちゃんの教え子だったんですって? 彼は将来有望よ。パパが偉くお気に入りなんだから」
 店の奥では既に知子と寛明が中心になって会話が弾んでいる。
「麻衣ちゃん、こっちこっち!」
 麻衣子に気付いて知子が麻衣子を呼んだ。
「もう1人の主役が来たわ」
「そうそう、年明けに海外赴任ですって? 知子が寂しがってるわ。結婚式を来年にしたくらいよ」
 知子が居るところへ向かう麻衣子の後ろから知子の母親が言った。
「すみません、突然決まっちゃって。あ、でも知子の婚約のほうがもっと突然でしたね」
 知子の母親と麻衣子は声を上げて笑った。
 麻衣子のボーイフレンド達は既に顔を揃えている。拓郎だけが居ない。拓郎にはまだ海外赴任のことを告げていない。現地からLINEすることにしよう。
 今、入り口から入って来たのは晶だ。カメラを構えていた力が新入りの登場に、
「誰だ?」
 と麻衣子に向って訊いた。それには答えず、
「晶さん、先日はお世話になりました。お蔭様で髪、イイ感じです」
 と言いながら晶の腕に自分の腕を絡ませた。
「麻衣子のヘア担当か。こりゃ油断ならないぞ」
 と言いながら力は2人の2ショットを撮った。麻衣子のことだ、ケアンズでも適当にイイ男をみつくろって楽しい毎日を送ることだろう。