【第2火曜日】
 知子から聞いていた店の名前をネットで検索したら、ヒットしたのは高級シガーバーだった。知子はバーだと言わなかった。麻衣子が煙草を吸わない場合のことを考えたのかもしれない。シガーバーと限定してしまったら、麻衣子は躊躇したろう。貞臣も煙草を吸わないから誘いにくい。飲食店とだけ言った知子の気遣いを麻衣子は理解した。
 フェイクレザー張りの重いドアを開けると、低く流れるジャズが聴こえた。時折人の話し声がする。
「いらっしゃいませ」
 知子の声だ。先に入った貞臣の背後から麻衣子は声のするほうへ顔を覗かせた。
「こんばんは」
「あー、麻衣ちゃん、来てくれたのね、ありがとう!」
 中学の時と全く変わらない弾んだ声でカウンターの向こうから知子が叫んだ。美人のくせに知子は全く気取らない。
「予約してないけど平気?」
「平気平気。好きなとこ座って。でもカウンターに座って欲しいな」
 と言って知子は笑った。
 シガーバーではあるのに、葉巻の匂いが全くしない。カウンターの真ん中辺りとそれぞれのテーブルの上にシガーケースが置いてある。先客3人は煙を吐いていないし、手には葉巻が無かった。カウンターの端に1人男性が居たので、麻衣子たちは反対の端に並んで座った。あれ? 向こうの端に居る男性、よく見ると・・・武夫? 麻衣子の様子に気付いた貞臣が、伺うような目をした。
「元夫」
 と小声で言うと、知子にも聞こえたようだ。有り得ない、とでも言いそうな驚いた顔をした。驚きの表情はすぐにショックの色に変わった。
「嘘…」
 3人の目が自分に向けられていることに気付き、武夫がこちらを向いた。そして、知子とは系統の違う驚きの表情をした。
「おっとこんな所で会うとは。もしかしてこないだ話してた中学の同級生って麻衣子のこと?」
 と武夫は知子に訊いている。空気を読まない武夫がどこまで知子のご機嫌を損ねるか見ものだな。だが知子を傷付けるようなことを言ったらただではおかない。麻衣子にとって別れた夫なんかより同級生のほうがずっと大切だ。
 貞臣は問題無い。彼は周囲に話を合わせるのが得意だから。早速、
「俺は居ないほうが良いかな?」
 と気を利かせるようなことを言った。
「いいえ、気になさらないで下さい。麻衣ちゃんのお相手をお願いします」
 と知子。品の良い美人にそんな風に言われたら貞臣は言うことを聞くしかない。流石は知子。知子の育ちの良さに救われた。
 知子のあの驚きの表情から察するに、知子と武夫はある程度深い関係なのだろう。もしかしたら結婚を考えているのかもしれない。でも…武夫はやめとけと言いたい麻衣子であった。