俺の紅茶には、丁寧にオレンジの輪切りが入っていた。

「……潤」

控えめな敦子の声に、紅茶を飲む手を止めて振り返る。

「潤のことが好きだよ」

「知ってる。何度も聞いた」

「こうやってさ、優しくしてくれるのはイトコだからだよね?」

敦子の言葉の真意がよく分らない。

「敦子だからだ」

「そういう言い方、誤解するよ。やめた方が良い。潤ってそういうとこ、ホントにバカだよ」

「敦子もバカだよな。これだけ言ってるのに分らないなんて」

「ねぇ、潤は好きな人っているの?」

「いるよ」

「……それは、敦子じゃないんだよね?」

「……」

答えようとした口を敦子の手が止めた。

もみ消された声を見送りつつ、敦子を見た。

「ごめん、今聞いたら多分、立ち直れないから今度でいい」

敦子は言って立ち上がった。

ぼさっと立っている俺を、敦子はジロリと睨むと、いつもの口調で俺をたたき出した。

「着替えすんのよ!出ていってよ!変態だな!」

廊下にたたき出された俺は、居場所もなくぼんやりと玄関付近を見つめていた。

今日の葬儀、棺の中に先輩はいない。

あんな遺体になってしまったのだから、当たり前だ。

司法解剖もあるし、事件として取り扱われることになった。

だが、葬儀は普通にあげたいと、こうやって行われることになった。

……せめて、普通に。

じっとりとした雨が、思考を鈍らせる。

敦子じゃないが、深い森に迷ってしまったように、気が滅入った。