「行かなきゃ、森先輩……私のこと、待ってるよね」

敦子の手が震えている。

認めたくないのは分かる。

あの惨事が現実だったと、記憶するのが辛いのは分る。

敦子は震える手でティーカップを手にすると、紅茶の水色を見つめた。

揺れる紅茶

ゴールデンブラウンの色味が、敦子を写している。

震える敦子の手から伝わる振動で波紋を描く。

血にも似たその深い色合いは、余計なことを思い起こさせた。

「敦子」

今にもひっくり返りそうなほどカチカチと揺れるティーカップに手を添える。

手を誘導してそっとカップを机に置くと、敦子が飛びついてきた。

「潤! 潤……! なんで! なんで森先輩があんな思いをして死ななきゃダメなの? 先輩が何したっていうの? ひどいよ!!」

俺は飛びついてきた敦子をそのままに濡れた頬を見つめた。

「どうして! なんでこんなことにならなきゃいけないの……!」

「……だれかが、心ないだれかが、はじめたことだ」

「許さない、こんな待ち受け作った奴!先輩を殺した奴!!」

敦子はベッドの上のケータイを睨んだ。

そこには見覚えのある死の待ち受けが表示されていた。

森先輩の着信から敦子にやってきた死の待ち受け。

「絶対に許さない……」

深い悲しみを何か違う形にすることで

懸命に前を見つめようとしている。

あまりに重い場の空気

ひたすら黙っていたが、俺は敦子を抱き上げてベッドに投げ出した。

「……お前、太った?」

「ち、違っ!何言ってるかなっ」

「あぁ、筋肉ね」

言って俺は自分の紅茶に手をつけた。

湯気のせいだろうか、場の空気が和んだ。