「いや、やだ!来ないで!」

涙が次から次へと落ちて、染みを作る。

「黒沢ッ!!押さえろ!!」

「堀口さん、ちょっ!森先輩に乱暴なことしないで!」

敦子が堀口俊彦を止める。

「充ぅー!助けて、充……充!!」

森先輩は、泣きながらケータイを開いて発信履歴を開く。

すぐ上に名前はなかったが、スクロールをして甘川充の名前を探し当てると、通話ボタンを押した。

「出てよ!! 私を助けて! ここから出して!お願い!」

だが無情にも、スピーカーからは、機械的なアナウンスが返ってくるだけ。

敦子もその狂気の沙汰に目を見はった。

森先輩は、開いた手で壁をかきむしるようにして叫んで、しゃがみ込んだ。

「なんで出ないのぉぉ!出て……!出てっ! 声、聞かせて……」

堀口俊彦が敦子の腕を払う。

森先輩は堀口俊彦の勢いを察知してか、逃げ出した。

「待て!」

「いやっ! いやぁぁあああ、来ないで!!」

「森先輩! 待って!」

敦子が追いかけるが、先輩は俺と敦子の間をすり抜け、部屋に入った。

ガチャ!!と鍵が閉まる音がして、いくらドアを叩いても森先輩は答えを返してくれない。

「ちょっと、あんたたちうるさいわよ、何なの?」

開けっ放しにしていた玄関から、隣人が顔を覗かせる。

部屋では何が起きているのだろう……。

小さな悲鳴と合わせて、ガシャン、と缶のようなものが倒れる音がした。

敦子の大きな黒い瞳が、まっすぐ部屋を見つめている。

目尻に乗った涙が震えて、頬をすべって落ちた。

震える敦子の手をすくいあげる。

ぎゅっと握りしめてやると、敦子は懸命に微笑んだ。

「誰か助けて……!いや!来ないで! 誰か助けて……! 充! 充!!」

「森さん! 誰もいません、お願いだから落ち着いてください!」

堀口俊彦がドアに手を添えて声を上げた。