聞いてか聞かずか

女子は傍の空白にざっと走り書きをする。

「?」

"昼休み、屋上に来てくれる?"

「…………」

「そうか、移項忘れね。だから答え変わっちゃうわけか」

女子は一転、理解した風に納得すると、にこっと笑った。

クラスメイトだけど、実は名前をちゃんと覚えていなかった。

何て言ったっけか……こいつ……

まっすぐの黒髪、前髪は厚めで切りそろえていて、丸くて黒い瞳は、赤いフレームのメガネの中でキラキラして見えた。

「おっまたせー! 黒沢、助かったよ」

手についたチョークの粉を叩きながら、河田が黒板から離れた。

担任は、しょうもないという目で俺と河田を見て、問題の解説をはじめる。

ダルダルと席に戻ると、河田が後ろからつついてきた。

「お前、山岸さんと何話してたわけ?」

「別に、問題分からないって言ったからひっかかってるトコ教えただけ」

振り返りもせず、俺は言って黒板を見た。

そうだ、山岸だった。

山岸絵里子。

担任が問題を説明していた。

回りくどい教え方するな、と思いながら俺は意識を外から中へと切り替えた。

河田が山岸絵里子の件を何度も噛みついたが、もう聞こえない。

数学の時間は、俺にとっては睡眠時間。

もうつっこんでくるなとばかりに、意識も閉じた。