「いや、そりゃほら、潤ちゃんは勤勉ですからぁ」

「潤ちゃんとか言うな、気持ち悪い」

河田の言いたいことは分かった。

席を立って黒板前に移動し、ノートを開く。

もちろん、河田に見えるように。

チョークのカスを手にとって、黒板に数式を書き込む。

右辺から左辺に移動し

プラスをマイナスにする。

Xを代入して、Yを求め、答えを出す。


答えを出すのは簡単なことだ。

問題はそこじゃない。


そこに「導かれるまで」の過程が楽しいのだ。


ピン、と当てはめた数式が、波に乗ってスムーズに流れるのが快感だ。

「終わりました」

俺はチョークを置いて、河田の横をすり抜ける。

まだ答え書いてねぇ!待て! と小さく河田の声がしたが、軽く無視。

どう考えてもあとは数学ではなくて、算数レベルの問題だった。

「ねぇ、黒沢君、あそこなんで左辺にいくの?」

黒板前で河田の解答記入をぼんやり待っていると、一番前の席に座っていた女子が声をかけてきた。

あそこ、と黒板を指しているところを見ると、どうやら俺が解いた問題らしい。

ノートを覗いて女子の式を見る。

どこを誤解していたのか、式の流れをみて判断する。

「お前、だってここで左辺にx置き去りにしてる」

ノートの問題箇所を指さした。