「は? 何?」

敦子がつっかかってくるがスルーする。

「蔵持七海は、気持ちを押し殺すこと、我慢することに関しては、ひどく長けていたんだと俺は思います。だから……と言ってはなんですけど、彼女、ライブでも言ってましたよね。歌は」

「歌は、自由だから好き?」

霧島悠太が補足する。

「つまり彼女は、何かしら抑圧されているものの下にいたんです。それが何なのかは、憶測でしか言えませんが」

「現代人で抑圧されてない人なんて、いないだろうけどな」

堀口俊彦は言いながら、肩をすくめた。

「自分の知らないところで蓄積されている、暗闇の人格があるだろ。マイナスの感情だから、忘れようとする働きが生まれる。だけど、それが多ければ多いほど、傷になって忘れられなくなる」

「トラウマってヤツ?」

敦子の言葉に頷く。

「誰だって、人から嫌われたくないだろ。嫌われてもいいと思ってるヤツは、逆に人に干渉しようとしない。Leave me aloneってことだ」

「あたしをほっといて?そうかもね、傷つけるから、近づこうとしないよね。
まぁ……それってさ、自分が弱いから、人とぶつかり合うのを逃げてるとも言うけど」

「……」

霧島悠太は、思い詰めた表情をして俺のことを見た。

色素の薄い瞳が俺の姿を映した。

「……深い心の闇は、人にたやすく露出できるものではないはずだ、親しく、愛した相手なら」

頭の中に書き取ったメモというメモ

風に煽られてパラパラとページが流れていくように

高速で色々なものが回転している。


「好きだとか」

トン、と指がリズムをとる。

「キライだとか」

紫煙が目に染みる。

タバコというのは、なんでこんな独特な香りがするんだろう。

「式をかき乱すこの2つが、こんな悲しい連鎖をはじめたんだ」