「……ゴメ、ちょっと、後ろ向き発言だったよネ」

「自分の発言を理解してるヤツは前向きだよ」

手を伸ばして、頬に張り付いた髪を掬う。

解放された髪は、ゆるく巻いて、敦子の鎖骨に落ちる。

「……敦子、マスカラ落ちてる」

「うそっ」

「うそ」

「……」

即答すると、カバンへ手を伸ばし鏡を手にしようとした敦子の手が止まり、思い切り睨まれた。

「そのままフリーズしてて」

俺は睨んだままの敦子に静止を投げかけて、敦子のカバンのサブポケットについていたクチバシクリップを1つ引き抜く。

敦子は動かず、何をするのかと俺をじっと見ていた。

「篤おじさんが亡くなってからさ」

俺はクチバシクリップを開けたり閉じたりしてバネの具合を確かめてから、開いた手を敦子へ伸ばす。

「敦子は変わったよ。放っておけなくなった」

肩にかかる髪をすくい上げて、クチバシクリップで適当に止める。

止めきれなかった髪が、うなじからこぼれた。

「それって、イイ意味じゃなくて悪い意味で、でしょ」

「原因はマイナスからでも、前向きにがんばろうとするお前は正しいと思うよ」

カバンから箱を出して、ティファニーブルーの巾着の中からネックレスを手に落とす。

敦子の目が大きくなった。

首の後ろに手を回してネックレスを付けると、敦子のデコルテに小さなハートが輝いた。

クチバシクリップを取って、敦子に手渡す。

「今日お前、誕生日だろ?」

「…………」

敦子は呆然として自分の胸元に手を当てていた。

箱と巾着を手渡すが、敦子は呆然としたまま受け取らない。

「ちゃんと、覚えててくれたんだ」

「お前の誕生日くらい覚えてるよ」

「私、今日は最悪の誕生日になると思ってた……」