マンションから駐車場に降りると、敦子が1人立っていた。

運転手の霧島悠太と話をしていたせいで、先に出た2人は待ちぼうけだった。

「潤」

敦子の瞳に涙が浮かんでいた。


霧島悠太は少しぎょっとしたようだったが、堀口俊彦が駐車場へ無理矢理引っ張っていった。

黄色の電灯の下

潮風が頬に生ぬるく押し寄せてくる。


「ごめん、私、聞こえるの」


「? 」


「蔵持七海の歌が、耳の奥から聞こえるの」


眉間に深い皺を寄せて、敦子の顔が歪む。

「お前……だって、聞こえないって」

涙がポロポロと地面を濡らした。

「耳閉じても、ささやくみたいに聞こえてくる。悲しい歌……まだ、みんなの声や、潤の声は聞こえるけど、この歌声が大きくなってきたら、私も森先輩みたいにみんなの声も聞こえなくなるのかな」

発狂して、やがて

聴覚だけでなく視覚まで……


息を飲む。


敦子の髪が揺れて、涙で濡れた頬に張り付いた。

「そう思うと、不安で、怖くて、悲しくて……くやしくて、潤を守りたいのに、私、負けたくないのに」

敦子の吸い込まれそうな黒い瞳が

黄色い電灯に照らされて

涙に潤みを与えられ、金色に輝いて見える。


「もし私が発狂しちゃったら、私に代わって」


俺は黙って敦子を見ていた。

俺の視線が怖かったのか、敦子はそこまで言って押し黙った。

『敦子、落ち着け』、と俺が言うと思ったんだろう。

だけどそんなこと、言うつもりはなかった。