蔵持七海は、意識を取り戻さない山岡をじっと見たまま、微動だにしない。

かわりに、山岡のカバンから落ちた定期券に視線をやり、静かに拾い上げた。

「~♪」

小さく、歌声が聞こえた。

声は乗っていない。

口ずさむように、蔵持七海は歌っていた。

ひらひらと、定期入れを翻す。

定期の裏に射し込まれたプリクラに視線をとられたのか、じっと見つめていた。

山岡が目を覚ますまでの時間を、楽しむように。


この歌、聞き覚えがあった。

俺がライブハウスで今日、幻聴の中で聞いた曲


「……うっ」

鈍い反応が、山岡から生まれる。


歌声に刺激されて、意識を取り戻したのだろうか、山岡の足が動いた。

意識を取り戻した山岡に、蔵持だ! と声をあげるが、その前に山岡の切れるような悲鳴が鼓膜を震わせた。


「いや……いやぁあああああああああああああ!」


蔵持七海は、笑ってみせた。


山岡は立ち上がって病院外側の自動ドアの方へと走り込む。

ドアを懸命に叩くが、開かない。

蔵持七海は、ゆっくりと山岡の方へ振り返った。

山岡と蔵持七海の視線が交差したのだろうか。

お互い、動かず制止する。