「不安なのは分る。でも、毎日のリズム崩すな」

俺の言葉を聞いてか聞かずか、敦子はソファーに座っていた俺の膝に思い切り乗っかった。

「恐怖を抱えながら、いつもと同じような生活なんてできないよ。今日の千恵だってそうだったんでしょ? 潤がいなかったら、もう発狂して死んじゃってるよ!」

目の前で敦子はそう言って吠えると頬を膨らませた。

言いたいことは分るが、膝に乗らなくても

「お前は、どうしたら普通でいられるんだ?」

「潤が傍にいれば普通」

「……いつもそんなに密着してないだろ」

子供じゃないんだし、膝の上に乗られると重いし、動きが取れない。

「私の気持ちの問題。潤がいるだけで安心するんだよ」

敦子は言って、俺を覗き込んだ。

少し後退すると、ソファーの背に当たる。

敦子はやきもきした表情をしてそれからゆっくりと唇を寄せてきた。

柔らかな唇が重なると、敦子の飲んでいた紅茶の苦みのある味が口にとろけた。

唇が深まるのを感じて、トン、と肩を押すと、それが拒絶のサインだと伝わったのか敦子は唇を離した。

「お願い、お母さんが帰ってくるまでいて?」

「……分った。それは約束するから。約束するから、降りろって。重い」

「本当に帰らないよね?」

漬け物石か、お前は。

「心配だから帰らないよ、山岡は事故に気をつけなきゃいけない、お前は、精神的なところ心配だし」

ほらどけ、と足を持ち上げようとすると敦子は俺の膝の上でぐらぐらと揺れながら目を細めた。

「うん、分った」

ころん、と今まで座っていたソファーへ移動する。

はぁ、重かった。

「ほんっとに、しょうがないヤツ……」

ぶつぶつ言いながらカバンから、ノートを出して広げる。