EP.0

 僕の見る景色はいつでも四畳ほどの空間の中で完結していた。
 
 変化を見せていたのは、窓の奥にうつる景色だけだ。

 一日ごとに天気は変化を遂げ、全く別の姿を見せてくれる。
 
 その中でも雲は別格だった。

 日々、大きさや目に見える個数さえも違う。
 
 いつからか僕には、窓を眺める。そういう癖がついていた。
  


 
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 小学六年生に上がり、数日が過ぎた頃。

 学校まではおよそ二百メートルの住宅地。

 周りには僕より大きく、制服を着た学生や出勤途中の大人たちが
 せわしなく歩き、下級生はだらだらと道の真ん中を歩いていた。

 僕は気の合っていた弘樹と横並びに談笑し、学校までの道を少しずつ進んだ。
 


 そんないつもと変わらぬ姿の通学路で、僕は吐血し倒れた。



 周りの大人は慌てて僕に駆け寄る。
 
 下級生はきょとんとした表情でその場に立ち止まっていた。

 「え。来輝どうした?大丈夫?」
 
 弘樹が何やら心配している。
 どうしてそんな顔してんだよ。転んだだけだろ。
 
 

 その時の僕には、何が起きていたのかわかっていなかった。
 大人が血相を変えて、僕の周りに集まることも。
 ずっと声をかけられている理由も。



 「救急です。――子どもが――急に――はい――すぐにお願いします。」



 知らぬ間にどんどんと目の前は真っ白になり、僕は意識を完全に失っていた。




 

 深い眠りから覚めると、僕の右手を強く握る母さんと、
 辺りを徘徊する父さんの姿を印象付けた。
 
 「来輝!?大丈夫?」
 
 握りしめた僕の手を、さらに強く握り、しっかりと目を合わせて、
 母さんは心配そうな表情を僕に見せた。

 「大丈夫?何が?」
 
 「起きた!?来輝、大丈夫か?」

 父さんは、少し安堵の表情を見せ、僕の左横に丸椅子を用意し、腰を掛けた。
 そして、僕の頭付近の何かに手を伸ばし、ボタンを押した。
 
 「よーし。もう、大丈夫だぞ!!すぐにお医者さん来るからな!!」
 
 「え。病院?ここ病院なの?」
 
 父さんの言葉を聞いて、やっと僕は病院にいることを知った。
 
 咳込んで転んだと思った後、ぞろぞろと大人が近寄って来たのは
 記憶にあるけど、その後どうなったのかわからなかったから。
 
 「どうして、僕が病院にいるの?」
 
 疑問を母さんに投げかけると、確かに困惑した表情を見せた。
 何も返答がなく不思議だった僕は、父さんの方を向き、同じく投げかけた。
 
 「どうして、僕は病院にいるの?」
 
 父さんも母さんと同じように、困惑した表情をした。
 

 「母さんも父さんもなんで何も話してくれないの?」
 

 どうしてなにも二人は答えてくれなかったのか。
 
 その答えは――僕自身――にあった。
 
 さっきは何故か気づかなかった。
 当たり前だったことを見逃していたからだ。
 



 この時、僕の発した言葉は、母さんにも父さんにも、そして僕自身にも




 届いて――いなかった。