樋口(ひぐち)悠希(ゆうき)さん?」

 恒太と別れホームで電車を待っていた私は不意に名前を呼ばれた。

 振り返った先にはS女の制服を着た艶のある綺麗な長くて真っ直ぐな黒髪をした知らない女の子が立っていた。

「……そうですけど……?」

 見知らぬ女の子に呼ばれた事に戸惑いを隠せない私に、その女の子はふわりとした笑みを浮かべぺこりと頭を下げた。

「ごめんね、突然。初めまして、うち、早川(はやかわ)夏鈴(かりん)。驚かすつもりはなかったとばってんが」

「早川さん?」

 知らない名前だ。初めまして……という事は、同じ中学校だったということでもないようである。

「……えっと、なんでしょうか?」

 まるで硝子細工の様に触れれば傷が付きそうな程に透き通る様な白い肌。彼女の動きに合わせて揺らめく長くて艶のある黒髪がとても良く似合っている。今まで日に当たらずに生活してきたかの様に……

 日焼けした肌に、少し、ほんの少しだけどぽっちゃりした体型、高めの身長。叩いても壊れそうにない私とは正反対の女の子。

「うちね……恒太の幼なじみなんよ」

「お、幼なじみ?」

「そうよ」

 早川さんは相変わらずふわりとした笑みを浮かべながら、緩やかな口調で答えた。

 突然現れた美少女が恒太の幼なじみで……しかも、なんでか私の事を知っている。

 もしかしたら、早川さんは恒太を奪い取りに来たのか……

 勝てるわけない……

 私と早川さんじゃ、どう足掻いても勝てるわけない……

 多分、街頭アンケートをとったら、確実にみんな、早川さんに投票するだろう。

「心配しないで、樋口さん……うちは、恒太とはただの幼なじみやけんで。樋口さんが思っちょる様な事なんてなんもなかよ」

 私の心の中の葛藤を読み取ったかの様なタイミングで早川さんはそう言うと、余程、私の狼狽えぶりがおかしかったのか、ふふふっと笑っていた。

「本当よ?だってうちには彼氏おるし、ただ恒太に彼女が出来ったて聞いたけんで、ちょっとした興味本位やっただけと、ごめんね」

 またぺこりと頭を下げる早川さんに、私は慌てて頭を上げてもらった。彼氏がいるんだ……そりゃぁ、こんなに美人さんならねぇ……と思いつつ、ホッとしている自分がいた。

「恒太にこんな美人の幼なじみがいるなんて知らんかったです……」

「好きな子の前で幼なじみとは言え、別の女の子の話しなんてできんやったんやろ?恒太、結構一途やけんね」

 確かに、恒太の口から他の女の子の話しなんか聞きたくない。それが幼なじみだとしても。こんな私のヤキモチ妬きの私の性格も知った上で恒太も気を使って話さなかったのだろう。でも、幼なじみの女の子には、私の事は話している。私は何だかそれが嬉しかった。

 少し話しをしていると、構内に電車の到着を知らせる放送が聞こえてきた。

 ホームにゆっくりと電車が入ってくる。そしてぷしゅうっと言う音と共に電車のドアが開き、私は早川さんに手を振り電車に乗ろうとした時だった。

「こんことは恒太に言わんとってね。うちが樋口さんに会いに行ったなんて知れたら、絶対怒るけんで」

 早川さんは私の腕を掴むと耳元に唇を寄せ、小さな声で言った。私は耳元に掛かる早川そんの吐息にぞわりとしたものを感じたが、すぐに早川さんへ頷いた。

 それを見た早川さんも安心したのか、私の腕を離し、バイバイと小さく手を振っている。

 私はそれに手を振り返すと、ホームに早川さんを残し、ゆっくりと電車が進みだした。