「また、会いましょう」

 夏鈴は僕との別れ際にそう言った。

 でも、あれかれ夏鈴をホームや電車の中で見掛ける事は一度もなく、一ヶ月程の月日が流れた。

 何を企んでいるのか?

 それとも、あの日の事は偶然に僕を見かけ、気紛れに声を掛けただけなんだろうか?

 僕には悠希という彼女がいるのにも関わらず、心の片隅には夏鈴がいる。せっかく、踏ん切りがついたと思っていた頃また、夏鈴が僕の心の中へと入ってきた。

「ねぇ、恒太?」

 部活も終わり、のんびりとした帰り道。隣を歩く悠希が僕の名前を呼んだ。

「なん?」

「なんか最近、調子悪くなかね?」

 悠希のその言葉に僕は内心ドキリとした。悠希の言う通りなのである。部活の練習中にもふとした時に夏鈴の事を思い出す。

 まだ、二人で良く遊んでいた頃の事を。

 夏鈴が私立の女子中学校に行ってからも、僕が小学生から中学生になってからも、夏鈴とはよく会っていた。

 僕が小学生の頃のからしていたサッカーを引き続き、中学生になっても続け、部活で遅くなる事が増えたけど、それでも夏鈴は僕の下校に合わせて帰り道で待っていてくれた。

 僕が中学二年生の大雨が降った日だった……

 雨宿りのつもりだった古い倉庫。

 お互いに服が大雨でずぶ濡れになっていた。

 春先でまだまだ冷える日もある。ずぶ濡れだった僕ら二人は、かたかたと震えながら雨が止むのを待っていた。

 夏鈴の体にぴたりとまとわりつく制服。

 濡れた真っ黒の長い髪。

 僕は……夏鈴を改めて女の子として意識した。

 僕よりも頭一つ小さな女の子。

 華奢で痩せた体を寒さでかたかたと震わせている。

 僕らはどっちからという訳でもなく、お互いにぴたりとくっついていた。

 そして……

 僕は夏鈴を……

 それから、僕らは会う度にお互いを求める様に抱き合った。何度も何度も……

 まだ幼さの残る中学生同士だった。

 華奢で痩せていると思っていた夏鈴は、思っていたよりも胸も膨らんでおり、僕は夢中になっていた。

 僕は堪らなく夏鈴の事が大好きだった。

 だから、告白したんだ。

「ごめんね……恒太。うちじゃ恒太の彼女になれんとよ……」

 俯いた夏鈴が小さな声でそう言った。

 僕は良い返事がもらえると思っていた。それなのに……自分の頭の中が真っ白になり、思わずその場から走り去ってしまった。

 その日の夜、夏鈴からメッセージが来た。

『本当にごめんね』

 たった一言だけの。

 それから僕は夏鈴と会わなくなった。夏鈴もいつもの場所で待っている事もなかった。