「君が……夏鈴が僕を振ったやろ?」

 僕は夏鈴だけに聞こえる位の小さな声で答えると、その言葉を聞いた夏鈴があの時の可愛らしい顔に戻り、また僕の耳元に口を寄せてきた。

「……振ってないわ。恒太……君が勝手に勘違いしとっただけやんね。今からでも遅くなかよ?あれからうち、誰とも付き合っとらんし、恒太しかしらんけん、君がうちを好きにして良かとよ、恒太好みに」

 僕の腕に自分の体を押し付けてくる夏鈴を何とか引き離すが、あの頃より成長したと思われる胸の感触が腕に残っている。

「大きくなっとるやろ?」

 けらけらと笑いながらそう言った夏鈴に、僕は一歩後ろへと下がった。でも、夏鈴は僕が下がった分だけ詰めてくる。

「なんね、本当に冷たかね。何度も何度もうちを抱いたくせに……」

 カバンを持つ僕の腕に、すっと手を伸ばし撫でるように触る夏鈴。傍から見ればじゃれあっているカップルに見えるだろう。しかし、ラッシュアワーでもないこの時間帯、都会から田舎へと向かう乗客の少ない電車の車内がやけに広く感じる。

「……ねぇ、キスしても良か?」

 僕の腕を掴んだ夏鈴はそう言うと、自分の唇を僕の方へと近付けてくる。僕は、顔をすっと横に向けると、ふふんっと笑う夏鈴の息が僕の頬を撫でていく。

「冗談よ……」

 今までべったりとくっついていた夏鈴が、僕の体から離れていく。何故だか僕はそれが少し残念だった。

「もうすぐ着くわね」

 僕から一メートルほど離れたところに立つ夏鈴は僕の方へ顔を向けずに車窓の外を眺めながら小さな声で呟くように言う。

 車内アナウンスが僕らの降りる駅名を告げた。

 僕らは共に電車から降り改札を抜けた。すると、夏鈴がくるりと僕の方へと振り返ると、あの頃の花が咲いた様な笑顔を浮かべている。

「じゃあね、恒太。また、会いましょう」

 そして、僕の肩に軽く触れると、ぱちりとウインクをして先に帰ってしまった。

 僕は夏鈴が去った後、その後ろ姿が見えなくなるまで駅前にぼんやりと立っていた。