「恒太っ!!」

 僕は自分の名前を呼ばれる声で我に返った。僕を呼んだのは真向かいに座る明るい栗色をしたショートカットの女の子。僕がいつまでもぼやっと窓の外を見ていたから、たまりかねて名前を呼んだのだろう。

「なんばそげんよその女の子ばかり見とぉとね?」

「……そげんじゃなかよ。ただ、ぼやっとしとっただけやし」

 僕の返答に納得が行かないのか、真向かいに座る女の子はぷくぅっと頬を膨らませている。

「うんや、見とった。あれS女の制服やったろ?可愛い子おったん?」

「やけん、そんなんじゃなかって言いよるやん」

「ほんなこつかな?彼女とのデート中にぼやっとしとんのがいかんとやん」

 女の子はそう言うと、とても甘そうな飲み物が入ったカップを両手に挟み込むように持つと、下を向き黙り込んでしまった。

 樋口(ひぐち)悠希(ゆうき)

 僕と同じ高校、同じクラスの女の子。入学して半年が経った頃に付き合うようになった。悠希から告白された。

「ごめんやん。本当に別の子なんて見てないけんさ」

 慌てて謝る僕を、上目遣いで睨む悠希が、突然、ぷっと吹き出した。

「あははっ、慌てちょる恒太ってばり可愛かねぇ」

「……なんねそれ」

「ごめんね……でもさ、恒太ってモテるやん?一年でサッカー部のレギュラーで、勉強も出来てさ……やけん、心配になるとよ。私って、特別取り柄も無かやん」

「……」

「あん時、恒太が私の告白ばOKしてきれた時っち、聞き間違えしたかと思ったもん」

 僕から視線を外した悠希がうつむき加減で話す姿をじっと見ていた。取り柄が無いと本人は言う。

 確かに特別に可愛いわけでもないし、性格だってヤキモチ焼きですぐに拗ねる。でも、僕は知っていた。サッカー部のマネージャーとして、他のマネージャーよりも早く来て遅く帰っている。それだけ、チームの為に人知れず貢献している事を。

 僕はその姿を知ってから、悠希に惹かれ始めていた。先輩マネージャー達から仕事を押し付けられても嫌な顔一つせずに頑張る姿。いつも部室が綺麗なのも悠希が、ずっと掃除をしてくれているからだ。

 僕は知らず知らずのうちに、悠希を目で追うようになっていた。そんな事もあり、時々目が合っては慌てて目を逸らす。そんな日々が続いていたある日、僕は悠希から呼ばれて告白された。とても嬉しかった。だから、二つ返事ですぐに、こちらこそよろしくお願いしますと返事をしたんだ。

 僕ら乗る駅が同じという事もあり、よく二人で寄り道をしながら帰っている。今日もそうだった。

 そして、悠希が言っていたS女……S女子高校が近い事もあり、S女の生徒達がこの駅前のお店の前を通っている。だから、ぼやっとしていた僕がS女の女の子を見ていたと思われたんだろう。

「……何ね?私の顔ばじっと見よるばってんが。なんかついとる?」

 悠希は僕にそう言いながら、自分の顔を撫でる様に触っている。僕はそんな悠希を見て思わず笑ってしまった。

 笑われた悠希が、また頬を膨らませている。僕は悠希と過ごす時間がとても楽しかった。