「うちは早川(はやかわ)夏鈴(かりん)。君の名前、なんち言うとね?」

 学校からの帰り道、ぽやぁっと一人で歩いていた僕の後ろから不意に声を掛けられた。振り返るとそこにいたのは、目のくりっとした長い髪を二つ結びにした、つい最近、一学年上の六年生のクラスに転校してきた女の子。

「……僕?」

 周りには僕しかいないのに、なんて間抜けな返答をしたんだろう。不意に声を掛けられ動揺していた。そんな僕を見てふふふっと笑う女の子。

「そう、君。ていうか、ここには君しかおらんやろ?」

 楽しそうにけらけらと笑いながら、僕の顔を覗き込むように見つめてくる。彼女の体の動きに合わせて、長い二つ結びの髪がさらさらと靡いていた。

「……遠山(とおやま)恒太(こうた)

 彼女の視線から顔を逸らすように小さな声で答えると、彼女はよく晴れた空を見上げると、恒太君か……と小さな声で復唱した。

 雲ひとつない空。ようやく冬の寒さがどこかへと行き、春らしいほんわかとした陽気。通学路にある河原には黄色の菜の花がたくさん咲いている。

「恒太君ちさ、ここら辺から一人で帰りよるよね?」

「……うん、ここから先は誰もおらんっちゃん。やけんで一人になると」

「そっかぁ……そんならうちと一緒やん。うちさ、こん前引っ越して来たばかりやけん、ずっと一人で帰りよったっちゃん」

 彼女は後ろ手に手を組みながら呟くようにそう言った。僕は、集団下校の時に少し離れたところを歩いている彼女の姿を何度も見かけていた。だけど、今まで話し掛ける事はできなかった。僕はそこまで積極的な性格でもなければ、女子ともそんなに話すこともない。

「ばってんさ、これからは恒太君、うちと一緒に帰ろ」

 彼女は僕の方へと顔を向け、にかっと笑うとよろしくと手を出てきた。握手をしようということなんだろう。

 僕は、そんな彼女の行動に少し戸惑いながらも恐る恐る彼女へと手を差し出した。その僕の手を引っ張るように掴むと、ちぎれそうなくらいにぶんぶんと握った手を振った。

「ありがとう、恒太君」

 暖かい日差しの中、僕は彼女の姿がとても眩しかった。花が咲いた様な笑顔、さらさらとした二つ結びの長い髪。

 たくさんの月日が流れようが忘れもしない、彼女と出会い、そして初めて言葉を交わした日だった。