「私はね……私じゃないの」

 アイは僕に背中を向けたまま、話し始めた。

 野原に吹く風が彼女の髪をゆらゆらと揺らし、今にも泣きそうな横顔がちらりと見えた。

「私は……もう一人の私の心の中にいるの」

「……でもね」

「もう一人の私は、私を知らない」

「私も、もう一人の私を知らない」

「知らないけど、葛藤してる」

「もう一人の私がいることに気付いて」

 アイは一人で喋り続けている。僕に聞かせると言うよりも、まるで自分へ言い聞かせているように。

「ねぇ、圭くん」

 アイは、僕の方へ振り返ると、泣きそうになるのを必死で堪えながら、話しを続けた。

「あなたにとっての私は私。でも、もう一人の私も、同じ私」

「お願い……見つけて。もう一人の私を」

「そしたら、私たちは……」

 アイの大きな瞳から涙がすうっと頬に沿い静かに流れ落ちた。落ちていく涙が宝石のようにきらりと光っている。

 その涙を拭うことなく、アイの瞳は僕を見つめ続けていた。僕はアイが何を言っているのか、正直、よく分からなかった。

 もう一人のアイとは?

 アイはそのもう一人のアイの中にいる。

「もし……もし僕がもう一人のアイを見つけたら、君はどうなるんだ?ここで、また会えるのか?それとも……」

 僕の質問に、ただ、アイは首を横に振るだけで、何も話してくれなかった。
 
「あなただけが……頼りなの」

 そう言うと、涙を流しながら、無理やり笑顔を作った。

 僕はたまらずアイの体を抱き寄せた。

 その細い体はとても華奢で、優しく扱わなければ一輪の花の茎のように折れてしまいそうだった。

「お願い……見つけて」

 小さく震えながら、涙声でそう呟くアイの頭を撫でた。彼女の肩が上下に揺れ、嗚咽を堪えているのが分かった。

 しかし、ついに堪えきれず、小さな嗚咽を漏らし始めると、感情が抑えきれなくなったのか、静かな野原にアイの嗚咽だけが響いた。