夕方まで降っていた氷雨は、夜になると雪へと変わっていた。街を彩るイルミネーションが水溜まりに反射し、一層煌びやかに輝かせている。少し立ち止まり夜空を見上げると、雲の隙間からきらきらと幾つもの星が瞬いていた。

 吐き出す息は白くほわっと辺りへ広がる。

 掛川(かけがわ)と再開してから、何度も共に過ごした冬。

 高校卒業間近に互いの想いが重なり、大学、気がつけばあっという間に社会人となっていた。

 社会人となり、やっとお互いの生活も安定してきた現在。僕らは新しい道へと進み出す決意をする時期に来ていた。

 駅前にある兎のオブジェ前。

 僕ら二人の思い出の場所。初めてのデートで待ち合わせをして、そして再開した後に互いの気持ちを再確認しあった場所。

 僕は腕時計で時間を確認すると、手に持つ小さな紙袋を覗き込んだ。綺麗にラッピングされた小さな箱が一つ入っている。

 これが僕の、掛川と新しい道へ共に進もうと決意した証明でもある。

 受け取って貰えるだろうか……

 多分、心配しなくても大丈夫だと思う。だけど、僕は今まで彼女に心配ばかり掛けてきた。その事を思い出すと、少し不安になってくる。

 そんな僕の心の内をよそに、駅前はイルミネーションで飾られた風景を楽しむ多くのカップルや家族連れで賑わっている。

 その光景をぼんやりと眺めていた僕が後ろから肩をとんとんっと叩かれた。

 振り向くとそこにはマフラーで顔の半分が埋まっている掛川が立っていた。彼女はマフラーをずらしにこりと微笑み掛けてきた。

「お待たせ、待った?」

 イルミネーションの光りのせいもあってか、いつも以上に掛川の笑顔がとても綺麗で眩しく感じる。

「僕も今来たところだよ」

 僕がそう答えると、掛川はよかったと言い僕の横に来て腕を組んだ。ふわりと掛川からいつもの良い香りがしてくる。

 楽しそうに鼻歌を口ずさんでいる。

 そんな所は昔から全く変わっていないなと、くすりと笑った僕を不思議そうな表情をして見上げる掛川。

「何よ、急に笑ったりして」

「いや、掛川ってあの頃からあまり変わらないなって思ってさ」

「そうかしら? あの頃に比べるともうおばさんよ?」

「そんなことないさ」

「ありがとう」

 ふふんっと嬉しそうに笑うと、僕の肩に頭を預けた掛川。

「兎のオブジェ前で待ち合わせた日は、必ず雪が降るわね」

「そうかなぁ……」

「覚えてないの?ひどいなぁ」

 拗ねたように口を尖らせる。でも直ぐにその表情を笑顔へと戻すと、また楽しそうに鼻歌を口ずさみだした。

「なぁ……」

「なぁに?」

「いや、何でもない……」

「? 変なの」

 僕は腕を組んでいる反対側の紙袋を持った手ににぎゅっと力が入った。

 言わなくちゃ……

 伝えなくちゃ……

 そう思い続けながら、食事をして、なんだかんだと二人の時間はあっという間に過ぎていく。

 そして、終電前の兎のオブジェ前。

「また、連絡するね」

 彼女は僕にそう言い手を振ると、改札に向かって歩きだした。

 この歳になっても僕は意気地無しなのか……

「掛川……」

 改札を通り過ぎようとする掛川を僕はつい呼び止めてしまった。

「どうしたのよ?」

 振り返る掛川に、僕はもじもじするだけで何も言えない。そんな僕を怪訝そうに見つめる掛川。

「今日のあなた、少しおかしいわ……」

 そう言いながら僕の方へと近づいてくる掛川は、そっと僕の手を優しく握り、ふわりと優しく微笑んだ。

「ねぇ……私に何か言うことがあるんでしょ?」

「……」

 僕は真っ直ぐに見つめてくる掛川の瞳から目を逸らせずにいた。掛川はそんな僕の言葉をじっと黙って待ってくれている。

「あのさ……」

「うん……」

 緊張で口や喉がからからになっていた。でも掛川に伝えなきゃ。二人で新しい道へと進む為にも。

「僕らさ、今まで二人で一緒に歩いて来ただろ」

 僕の言葉に黙って頷く。

「それでさ……」

 僕を見上げる掛川の目が潤んでいる。

 僕はごくりと生唾を飲み込む。

「そろそろさ……これまでと違う新しい道を僕と二人で……掛川と歩いて行きたいんだ」

 僕は掛川にそう伝えると、紙袋から小さな箱を取り出した。そして、箱の中に入っていた指輪を掛川へと見せる。すると彼女は口元を両手で押さえ、目を大きく開き驚いた表情のまま声を失っていた。

「私で良ければ……あなたの側でずっと一緒に……」

 ぽろぽろ、ぽろぽろと大きく開いた掛川の瞳から涙が零れ落ちていく。僕は掛川を包み込むように優しく抱いた。小刻みに震える彼女の体はとても暖かく、大切な存在だということを改めて感じた。