(掛川忍side)

 突然だった。

 私が最後まで話すのを遮って彼に抱きしめられた。驚いて、言葉を失って、体が硬直した。でも彼の温もり、彼の匂い、彼の力強さを感じ、私も自然と彼の背中に手をまわし抱きしめた。

 とても心地よかった。

 私は今でも彼のことが大好きだ。でも彼の心には私はもういない。これで最後にしよう、もう本当に諦めてしまおうと、その思いを言葉にして伝えようとした時だ。

 なんで、どうして……

「違う……」

 抱きしめる彼が小さく呟いた。そして、私を抱きしめている腕に少し力が入った。

「いるよ。僕の心の中には掛川が……気持ちを押さえ切れないくらい」

 その言葉は、私の耳にはっきりと聞こえてきた。

 涙が溢れてくる。

 私は彼の肩に顔を埋めた。

「ごめんな、昔から心配ばかりかけちゃって」

 黙って首を振る私の頭を、優しく撫でてくれるその手のひらの大きさに、私は安らぎを感じ、ずっとこのまま彼から離れたくないと思った。

 帰りの電車を待つ間、私たちはずっと手を握っていた。握りあっている手の手袋は外しているのに、寒さを感じず、逆に熱いくらいの熱を持っていた。

「僕の自己満足だったんだ。結局、僕はあれから変わったつもりで、変わっていなかった」

 彼から私を避けていた理由を聞いた。

 そして、話し終わるとまた謝った。

 今日、何回目のごめんだろう。

 私もずっとずっと寂しかったこと、お話ししたかったこと、二人で出掛けたかったこと、一緒にいたかったなどをたくさん打ち明けた。

「受験のことなら心配しなくていいわよ。私は推薦で合格してるから」

「……えっ」

 驚いた表情で私の方へ顔を向けた。そして、もう一度、私を強く抱きしめ、おめでとうと言ってくれた。

「ありがとう」

 あぁ、本当に大きくなっている。あの頃は、私と変わらなかったのに。

 それから私から離れた彼は、がさごそとバッグから綺麗にラッピングされた袋を取り出した。

「メリークリスマス」

 そう照れながら言うと、私にその袋を手渡してくれた。

「開けても?」

 無言で頷く彼の目の前で袋を丁寧に開けると、柔らかいシープスキンを使用した手触りの優しい手袋だった。

「とても……とても、嬉しいわ」

 私は貰った手袋をぎゅっと抱きしめ、彼に微笑んだ。

 照れた様子で鼻の頭をかきながら、よかったと呟いている。

 私もバッグからラッピングされたプレゼントを取り出し、彼に渡した。

「ありがとう」

 とても嬉しそうに受け取ってくれ、まじまじとそのプレゼントを見ていた。

「これ、掛川が自分でラッピングしたの?」

「そうだけど……変だったかな」

「いや、とても素敵だったから。……開けても良い?」

「どうぞ」

 彼は優しく丁寧な手つきで、プレゼントのラッピングを開けていく。そしてプレゼントの中身を確認すると、驚きの後、嬉しそうな笑顔をした。

「マフラーだ。編んでくれたの?」

 彼にはアラン模様の藤鼠色をした手編みのマフラーを贈った。

 さっそく今までしていたマフラーを外すと、私が贈ったマフラーを巻いてくれた。

「ありがとう」

「私こそ、ありがとう」

 へへへっと笑った彼の笑顔がとても可愛かった。あの頃と同じ笑顔。

 まさか彼まであの頃と同じ手袋をプレゼントしてくれるとは思っていなかった。

 電車に乗ると私は彼の肩に頭を乗せて、窓から見える景色を見ていた。

 この時間も……もう終わっちゃうんだ。

 彼が降りる駅へ到着することを知らせる放送が静かな車内に響く。

 私は思わず握っていた手に力を入れてしまった。彼も私の手を強く握り返してくれた。

 ぷしゅっと音をたて、電車の扉が開いた。

「?」

 彼は降りるはずの駅へ到着したのに、私の手を離さず、黙って駅のホームの方を見ているだけだった。そうしているうちに電車の扉がしまり、発車を伝える放送が流れた。

「なんで?」

「時間も遅いし送るよ」

「でも、あなたが帰れなくなっちゃうじゃない」

「アパートに戻ればいいから。親にも連絡入れたし」

「……バカね」

 嬉しかった。この時間がまだ続くと思うと。

 照れ隠しに憎まれ口を叩いた私の頭を撫でると、そうだけどと、優しく微笑んでくれた。

 ゆっくりと電車が進み始める。これから、私たち二人もここから新しく進んで行こう。黙り込んでいる私を不思議そうに見ていた彼に、私はにこっと微笑んだ。