(山川遥香side)
「放課後、少し私に付き合って頂けませんか」

 今朝、私は思い切ってあの人を誘った。

 アメリカの猫とネズミのアニメみたいに、ばくばくと心臓が飛び出すんじゃないかと思うくらい緊張してしまった。

 人見知りな性格で、男子生徒ととは今までまともに話したことがなかったし、恋愛も少女漫画の中のだけの話しで私には無縁な、夢みたいなものだと思っていた。

 あの日、あの人に出会って、私はずっと想い続け、高校で再開し、とても嬉しく、一緒に居たいと思うようになった。そして、それが恋なんだと気づいた。

 でも、あの人の中に私はいないと思う。あの人の心の中には、誰も入れないと思えるくらい高い壁がある。

 だから、誘った。

 私は自分の口で、しっかりと気持ちを伝える。たとえ、それが振られると分かっていても。そして、もう一つ、あの人へ伝えなければいけない言葉がある。

 それは、あの日に私が伝えられなかった言葉。

 好きだという言葉よりも大切な言葉。

 それを伝えられないことが、私にとって、気持ちを伝えられないことよりもずっと後悔するだろう。

 今朝、一緒に通学していた真由にそのことを伝えている。真由は私の頭を何も言わずに撫でてくれた。

 ピロン

 鞄の中に入れていた携帯から、着信音が聞こえた。

 真由からだった。

「頑張りな」

 たった一言。

 でも、嬉しかった。私は親友のその一言に、とても勇気づけられた。

 一日があっという間に過ぎて放課後になった。

 午前中に降り始めた雨は、タイミングを図ったかのように、今はぴたりとやんでいるが、それでも、灰色の雲は低くどんよりと空をおおっている。

 私の横を数人の生徒たちが雨が降り出す前に帰ろうと、走り去っていく。

 一日はあんなにあっという間に過ぎていったのに、あの人を待つ時間はこんなにも長く感じるなんて…

「待った?」

 ふと、後ろから声をかけられた。誰からかは声ですぐに分かった。

 声の方へ振り返り私は首を左右に振ると、さっき来たばかりだと伝えた。

 今朝と同じように二人並んで歩いている。

 今朝と違うのは、向かうの先が校舎の方へじゃなく、学校の外のバス停。

 私たちは、バス停まで無言で歩いた。

「どこ行くの?」

 彼が行先も何も言わない私に、少し困ったような顔をして尋ねた。

「市内……」

 本当なら彼との下校デートみたいで、嬉しくて踊りだしてもおかしくないんだけど、緊張の方が大きくて卒倒しそうになっている。

 横目でちらりと彼を見ると、バス停の時刻表と時計を見比べ、

「あと五分くらい」

 と、私にバスのくる時間を告げた。

 バス停には私たち以外に数人のうちの生徒がいる。その中に、私のクラスメイトも何人かおり、私と彼が並んでバスを待っているのをみつけると、彼氏なの?や、これからデート?などと興味津々で聞いてくる。

 私はその度に否定しながらも、彼とカップルとして見られたことがとても嬉しかった。たとえ、それが叶わないことと分かっていても。

 しばらくすると、遠くからバスがこちらに向かってくるのが見えた。バスはゆっくりとバス停に停車し乗降口のドアが開く。

「乗ろう」

 彼はそう言うとバスへ乗り込み、空いている二人がけのシートを指さし私を窓際に座らせた。そして彼は私の横に座ると、車窓の方へ視線を向けた。

「雨、やんで良かったね」

 私も車窓から外を見てそう言うと、彼は小さく、うんと答えた。多分、彼は雨が降っていても、降っていなくても、あまり関係がないと思う。やんで良かったと心から思ったのは、私の方だから。

 バスの中でもなかなか話題が見つからず、いや、話題ならたくさんあるけど、なんて話していいか考えすぎて分からなくなっている自分がとても歯痒い。

 ずっと黙り込んでいる私に、

「栗原とは仲良いんだな」

 と、彼がぼそっと話し掛けてきた。

 それをきっかけに、私は栗原との馴れ初めや、中学生時代の思い出を話した。その話しに彼は相槌を入れてくれ、自然と話しが続き、気がつくと私たちが降りるバス停が近づいた。

 バスから降りると、私鉄駅前にあるショッピングモール内の本屋やCDショップに付き合ってもらったり、ファンシーショップに付き合ってもらったりした。女子中学生や女子高生ばかりいるファンシーショップは嫌がるかなと思ったけど良いよと一言いってくれ、二人でいろいろ見てまわり、買い物して、ハンバーガーショップでは普段より少なめに注文した。

 とても、とても楽しかった。

 まるで、下校デートのようだった。

 そして、楽しい時間はあっという間に過ぎていき、私たちは帰るためにバスに乗った。

 バスはがらがらに空いており、私たち以外に乗客は一番前の席に一人だけいた。私たちは、奥から二番目の二人がけのシートに座った。

 バスがゆっくりと進み出す。

 いくつかのバス停を通りこし、私の降りるバス停がどんどんと近づいてくる。

 話さなきゃ、伝えなきゃ…

「頑張りな」

 私は、真由からもらったメールを思い出した。

「あのね……」

 私は隣にいる彼に話しかけた。自分でも声が震えているのが分かる。彼はそんな私の次の言葉を待っていてくれている。

「私は……あなたのことが好きです」

 言えた。

 心臓が爆発しそうになっている。顔でヤカンを湧かせる自信があるくらい火照っている。

「ごめん。僕は山川さんの気持ちに応えることができない」

 分かっていた。

「うん」

 分かってはいたけど、やっぱり辛い。逃げ出したい。でも伝えたいことは、もう一つある。

「それとね……私は、あなたにお礼を言いたかったの」

 私がそう言うと、彼は私の方へ顔を向けてくれた。

「お礼?」

 不思議そうに尋ねる。

 私も彼の方に顔を向けて、しっかりと彼の目を見つめた。

「そう、ずっと言いたかったの。あの日、私と出会ってくれてありがとう。私に声を掛けてくれてありがとう。私の話しを聞いてくれてありがとう。私の背中を押してくれてありがとう……たくさん、たくさん、ありがとうって」

 私は、精一杯の笑顔で彼へ伝えた。

 私に恋を教えてくれた、嫌がらずにファンシーショップにはいってくれて、私に失恋を教えてくれて。

 本当にありがとうと言う気持ちをのせて。

 私はバス停でバスから降りると、まだ一人乗っている彼に小さく手を振った。それに気づいた彼も私と同じように、小さく手を振り返してくれた。不思議と涙が出なかった。

 私は家に帰ると、さっそく今日のことを電話で真由に伝えようとすると、真由は今から私の家に泊まりにくると言って電話を切った。

 私は急いでお母さんに真由が泊まりに来ることを伝えると、お母さんは、

「真由ちゃんがうちに来るなんて久しぶりねぇ」

 と、嬉しそうに笑っていた。

 しばらくすると、大きな荷物を抱えた真由がうちにやってきた。

「お久しぶりです、今日はお世話になります」

 と、真由はぺこりと頭を下げ私の両親へ挨拶をすると、両親もにこにこして、大きくなったわねなどの会話を交わしとても喜んでいる。

 私の部屋に行くと、さっそく、真由が持ってきた荷物をひろげた。明日の制服に、下着、パジャマ、たくさんのおやつやジュース。

 二人でお風呂に入りパジャマに着替えると、部屋に戻り真由の持ってきたお菓子を食べながら、今日の話しを話し始めた。

 二人で並んで下校したこと、バスの二人がけシートに座ったこと、本屋やCDショップに行ったこと、ファンシーショップへ嫌がらず入ってくれたこと、告白して振られたこと、ありがとうと伝えられたこと。

 すると、真由は私をぎゅっと抱きしめ、

「よく頑張ったね」

 と、一言いった。

 あの時には出なかった涙が、今になってこぼれ落ちてくる。とまることなく、ぽろぽろ、ぽろぽろとこぼれ落ちてくる。

「私、伝えれたことを後悔してないよ…」

「うん」

 私が泣き止むまで、真由は優しく抱きしめていてくれた。