私が歩くんと話すようになったのは高校2年の席替えで隣の席になったことがきっかけでした。


古典の単語テストの勉強をしていたときに言葉をかわしたこともない彼に


「どこが出るか隣のクラスから聞いたけど知りたいですか?」


と話しかけられ、驚きつつも頷いたことをしっかりと覚えています。



男女問わずクラスの中心にいそうな生徒と仲がいい彼と話す機会なんて殆ど無くて、無口だったので最初は正直怖かったです。


友達の友達という関係から隣の席で古典の問題をこっそり教えてもらう仲になり、いつしか休み時間にも話をするようになりました。

話をしてみると無口ではなくてよく話をするし、よく冗談を言うような人でした。私の好きな作品を知ったらそれに関わりがあるグッズを持ってきてくれたり、勉強合宿でお菓子を貰ったり。



すごく素敵な人だからこそ彼には幼馴染みの彼女がいることで有名でした。だからこそ恋愛対象として見ることはないと思っていました。



高校3年になりクラス替えがあっても彼と私は同じクラスで、席が隣になることはなくても毎日話しをする程度に仲良くやっていました。私は大学進学を、彼は別の進路を選んでいましたが何故か大学受験のための補講を一緒に受け、何かあるごとに誂われ、テストの点で張り合う、そんな毎日が楽しかったです。


しかし転機が訪れたのがその年の冬。大学受験二週間前となったある日、私に病気があると発覚しました。癌でした。

病院に運ばれ、その日のうちに病名まで告げられました。あまりに現実味のないことに戸惑い、しかし主治医の先生の声音や表情に「本当なんだろうな」と他人事のように感じていました。

その時は私以上に両親がショックを受けていたので、悲しむこともできずただ笑っていました。でも病院のベッドで一人になると死ぬんじゃないかとか今まで必死に受験勉強してきた時間は何だったんだろうとかいろいろ考えてしまいました。


それでも自分の性格から弱音も吐けず、しかしじっとしている事もできなくてSNSでくだらないことを一言呟きました。「お腹すいた」といった感じの本当に適当なことでした。


しかし呟いてからすぐ歩くんから一通のラインが届きました。


「なにがあった」


そんな一言でした。


驚きつつも「そんなこと聞くなんて逆にどうしたの」と聞き返したところ「様子がおかしい」と返ってきました。


気がつけば彼に現状を吐露していました。


癌であったこと、すぐに治療が始まり暫く学校に行けないこと、大学受験もほぼ諦めなければいけないこと。感情が追いつかずただ事実をポツポツ言うだけでしたが彼はすべて聞いてくれました。


そして「話してくれてありがとう」と言った後に「お見舞いに行っていい?」と聞いてきました。

その日は期末の試験シーズンで赤点だと卒業できないね、と悲鳴を上げながらお互い勉強をしていたのでそんな余裕が彼にないことは知っていました。「そこまではいい」と断りましたが「図書館に行くついで」と彼は言いました。その図書館と彼の中学の学区はすごく遠いです。


嘘だと分かっていても嬉しくて、嬉しくて。

実際にお見舞いに来てくれたとき私は治療が始まり気持ちが悪く、元気ではなかったです。それでも気が紛れればいいと楽しい話を沢山してくれました。そして「好みがわからないから」と大きい袋いっぱいのお菓子を持ってきてくれました。


多分ずっと前から好きでした。しかし相手には恋人がいるとその気持ちに目を向けないようにしていました。

でも彼の言動に気持ちが抑えきれなくて胸の中で「ああ、好きだな」と泣きたくなるほど思いました。あの頃も、今も、この気持ちはずっと胸の奥にしまっています。


卒業後に彼は夢を叶えるため、私もやりたいことができるようになるため、互いに連絡先を変えました。もう接点がないと分かっていながら、友人に「歩くんのこと好きだと思ってた」と言われても彼や私を知る誰かに言うことはなかったです。



それだけ私にとって特別なものでした。


気持ちを伝えず、誰かに相談することもなく終わったこの恋は傍から見れば悲しいものかもしれません。私が受け取った優しさは男女共に友達がいる歩くんにとっては至って普通のものだった可能性もあります。


それでもあの時に彼が居なければ私は今、笑って毎日を過ごしていなかったと思います。


言いすぎでもなんでもなくあの頃は自ら命を手放すことさえ考えていました。今までの努力が水の泡になり、これからも病気を抱えて生きていく。その現実に何度も押しつぶされそうになりました。


そんな中で彼との時間はもう少し頑張ろうと思える時間でした。


何も実らなかった恋でした。実るはずもない恋でした。しかし生きている今は間違いなく彼からの贈り物です。


此処から先、様々な人と出会い沢山の色鮮やかな時間を過ごしていくと思います。そんな中でも私はこの恋だけは一生かけても忘れることはないでしょう。


彼がくれた生きる時間とともに私は今日を生きています。