神殺しのクロノスタシス3

暗闇の中を、慣れない痛い靴で歩かされ(勿論、足元には赤い布を敷いてある)。

靴擦れが痛くて、頭もフラフラして。

一体何処まで歩くんだろう、もう立ち止まってしまいたいと、何度も思って。

それでも歩き進んでいくと。

谷の奥から、滝の水が落ちる音がした。

「ここが、桔梗谷の霊験あらたかな水流。この滝に打たれれば、生き神様の穢れも祓えましょう」

「…」

松明の灯りで、足元は照らされているが。

真っ暗闇のせいで、水は真っ黒く、不気味に見えた。

…まるで、地獄に誘っているかのようだ。

「この滝の水は神聖ですから、履物を履かなくても良いんですよ」

お姉さんが跪いて、私の足から、あの痛い靴を脱がしてくれた。

ようやくあの靴から解放された私の足は、つま先に血が滲んでいた。

「さぁ、どうぞ滝の中に」

「…」

私は、恐る恐る、水の中に足を浸けた。

靴擦れに水がしみる、と言うより。

あまりの水の冷たさに、鋭い痛みを覚えた。

まだ9月なのに、夜とはいえ、何でこんなに水が冷たいの?

「冷たい…」

「我慢なさいませ。この水が、生き神様の穢れを祓ってくれましょう」

「…」

この冷たい水が、私に何をしてくれるの?

そう思ったが、口には出さなかった。

それをわざわざ口に出す、その労力が惜しかった。

私は、そろそろと両足を水に浸け、冷たい水の中を歩いていった。

全身に巻きつけられた、ただでさえ重い布が水を含み。

更に重く、一歩歩くごとに、水が深くなるごとに、身体が重くなっていく。

濡れた布が身体にまとわりついて、気持ち悪い。

脱いでしまいたいが、それをする労力も惜しかった。

水の底には、ゴツゴツとした石が敷き詰められていて。

気をつけて歩かないと、石の尖った部分を踏み抜いてしまいそうだった。

でも、暗くて足元が見えないから、足元を気をつけることも出来ない。

案の定、滝の下に辿り着くまでに、水底の石か何かを踏み抜いて、何度も鋭い痛みに襲われた。

それでも何とか、滝の下に辿り着いた。

高さが、何メートルあるのか分からないけど。

高いところから、勢いよく、容赦なく叩きつけてくる水の下に立つと。

冷たいとか寒いとかを通り越して、酷く痛い。

あまりの水圧に、身体をぺしゃんこにされてしまいそうだった。

痛い。寒い。冷たい。真っ暗闇で怖い。

まるで、収容所にいた頃のようだ。

ありとあらゆる惨めな気持ちは、あの収容所で体験した。

でも何故だろう。

今は違う。あのときとは。

あのときは何の希望も展望もなくて、ただ無為に毎日を生きていた。

守るものも、失うものもなかった。

あそこ以外に、収容所以外に、自分の居場所を知らなかった。

でも今は違う。

あんな場所より、この桔梗谷よりも、ずっと居心地の良い場所を知ってしまった。

だから、余計に辛いと思ってしまう。

何で私、こんなところにいなきゃならないんだろう。

帰りたい。

あぁ、待って。でも駄目なんだ。

これは、女王様からの命令なんだから。

ねぇ、ジュリス。見てる?

見えてないと思うけど。

私、こんなに頑張ってるよ。ジュリスがいなくても、私はちゃんと頑張れる。

ちゃんと、どんな辛いことも…耐えてみせるから。

そう思った、瞬間。

目の前が真っ暗になり、私は自分の体が、ゆっくりと前のめりに倒れるのを感じた。