神殺しのクロノスタシス3

生地を、全部型に入れてから。

あとは、オーブンに任せるだけ。

「その子が焼いてくれるの?」

「そうだよ」

「…杖じゃなくて大丈夫?ちゃんと焼ける?」

心配しなくても、お前の杖より立派に焼いてくれるよ。

さて。

「焼けるまで、片付けするぞ」

焼けたらすぐ、焼き立てを食べられるように。

片付けを、先に済ませておこう。

帰るまでが遠足、って言うだろう?

料理もそう。

片付けを済ませないことに、料理完成とは行かない。

「ボウルとゴムべら、あと皿とバット…洗うものはたくさんあるぞ」

「…それは?」

「ん?」

ベリクリーデは、怯えた顔で。

ハンドミキサーを、指差した。

「…あの拷問具も洗うの…?」

「…分かったよ。ハンドミキサーは俺が洗って片付けるから、お前は他のもの洗ってくれ」

あくまで、ハンドミキサーは拷問具にしか見えないか。そうか。

俺には、お前の杖の方がよっぽど恐ろしい凶器に見えるがな。

「包丁、落とさないように気をつけろよ」

「うん」

「…そういや、洗い方は知ってるよな?」

「そのくらい知ってるよ」

そりゃ良かった。

何せ、ボウルをボールと、バットをゴルフクラブと間違えるくらいだから。

皿洗いすら知らないのかと思ったよ。

じゃ、そっちは任せても良いかな。

幸い、今回の洗い物は全部、落としても割れるものじゃないし。

唯一落として危ないのは、包丁くらい。

それさえ気をつけてくれれば、問題ない。

俺はベリクリーデから目を離し、ハンドミキサーのビーターを洗う為、本体から引き抜いた。

すると。

「あ」

背後から、ベリクリーデの間抜けな声と。

何かが床に落っこちる音、そして、ビチャ、と液体らしき何かが、盛大に床にぶちまけられる音が聞こえた。

…うん。

聞こえなかったことにして良いかな。

…振り向きたくねぇ〜…!

全力で振り向きたくねぇ。

しかし。

「…ジュリス〜…」

情けない声で、俺を呼ぶベリクリーデの声を聞いてしまったら。

…振り返らない訳には、いかないよなぁ。

恐る恐る、振り向いてみると。

ベリクリーデの両手は、食器用洗剤の泡まみれで。

おまけに、ベリクリーデの足元一帯に、その食器用洗剤がぶちまけられ。

蓋の開いた洗剤の容器が、コロコロと床を転がっていた。

…。

…うん。

ベリクリーデ、お前は悪くない。

皿洗いくらいなら、任せても大丈夫だろう…なんて。

甘いことを考えた、俺が馬鹿だった。