神殺しのクロノスタシス3

次。

卵をボウルに入れたので。

「よし、お次はこれの出番だ」

さっき、ベリクリーデが山程出してきた調理器具のうちの、一つ。

ハンドミキサーである。

便利だよな、これ。

さっき、手抜きは良くない、って言ったけど。

ハンドミキサーに関しては、これはあった方が良いと思う。

今回は卵を混ぜるだけだが、生クリームを泡立てるのに、わざわざ泡立て器でカシャカシャ混ぜてたら。

あれ、かなりの重労働なんだよ。やったことある人なら、分かると思うけど。

特に夏場は、ボウルの下に氷水を浸けてたとしても、すぐ溶けてしまうからな。

結構、根気のいる作業になる。

そこに、このハンドミキサー。

これは文明の利器だと思うよ。

しかし。

「…それ何?」

ベリクリーデ、ハンドミキサーを知らない。

お前が出してきたんじゃないのか。

さては、用途も分からず、とりあえず何でも引っ張り出してきただけだな?そうなんだな?

お前はそういう奴だよ。

「まずは電源を入れて…」

最近は、コードレスのハンドミキサーもあるらしいが。

残念ながら、ここにあるのはコード付きのハンドミキサーだけなので。

電源にコードを繋いで、スイッチオン。

本体に接続された二本のビーターが、高速回転を始めた。

それを見たベリクリーデ、ぎょっとして後ずさった。

「ジュリス、それ危ない、危ないよ」

「ん?あぁ…まぁ、触っちゃ駄目だぞ」

あくまでも、持ち手を掴んで使用。

使わないときは、きちんと電源を消す。

それさえ守ってれば大丈夫。

なのに。

ベリクリーデは、何を勘違いしたのか。

「ごめんなさい、ジュリス」

「は…?」

いきなり、謝罪してきた。

何?何に対する謝罪?

もう、お前には今まで、散々色々な迷惑と心配をかけられてきたから。

今更謝罪されても、何一つチャラにはならないんだが。

「だって、ジュリス、怒ってるんでしょ?」
 
ベリクリーデは、怯えた目をして俺を…俺をって言うか、ハンドミキサーを見つめていた。

…一体どうしたんだ。

「怒る…?俺が?何で?」

「でなきゃ、そんな怖い拷問具使ったりしないでしょ?それで私の目玉を抉るんでしょ?」

ハンドミキサー持ったまま、ずっこけるかと思った。

危ねぇ。

どうやらハンドミキサーを、拷問具だと勘違いしたらしい。

ちげーよ。

「あのなベリクリーデ…。これは拷問具じゃない」

「だって、凄い回ってる。それで目を潰すんでしょ?」

「潰さねぇよ…」

凄い発想だな。

確かに、初見だと怖そうな道具に見える…の、かもしれないけど。

あくまで、泡立て器の進化版だから。

「ジュリスごめんね。目玉ドリルは許して」

後ずさり、俺から距離を取るベリクリーデ。

アホだ。

「目玉ドリルじゃねぇ。これはハンドミキサー。ほら、こうやって使うんだよ」

俺は、ハンドミキサーをボウルの中の卵に突っ込んだ。

卵を泡立てるのに使うんだよ。

「…」

俺が怒っている訳ではないと判断したのか。

ベリクリーデは、恐る恐る近づいてきた。

そして、ボウルの中で泡立てられている卵を見て、一言。

「…ジュリスが、卵を拷問してる」

酷い言いがかりだ。

何度も言うが俺は、卵を泡立ててるだけだからな。

「ジュリス怒ってる?」

「怒ってねぇよ」

「私の目玉潰さない?」

「…潰さねぇよ…」

あのな、普段から、お前には色々と振り回されてばかりいるが。

だからって、腹いせに目玉潰してやろう、って思うほど憎い相手なら。

そんな奴、さっさと見切りつけて、関わり合いにもならねぇよ。

ましてや、わざわざこちらから、一緒にチョコ作りなんて提案したりしない。

お前は確かに、突拍子もないことをするし、常識には欠けるし、世話もかかるし手間もかかるが。

それでも、毎回「仕方ねぇなぁ」で許してしまえるのは。

お前に、悪意ってものが欠片もないと分かってるからだ。

俺に嫌がらせしてやろうとして、わざと俺の手を煩わせようとしてる訳じゃないだろ。

ただ単に、無知で世間知らずなだけ。

だから、怒るに怒れないんだよ。

「危なくねぇから、ちゃんと傍にいろ」

「…うん」

目玉を抉られる訳じゃない、と納得したのか。

ベリクリーデは、卵を泡立てる俺を、隣でじっと眺めていた。