神殺しのクロノスタシス3

避けきれなかった。

自分の髪の毛が、スライサーで切られたようにパラパラと地面に落ちた。

…危なかった。

あと一瞬でも遅れていたら、髪の毛どころではなく、首ごと一刀両断されていた。

「あはは!今のを避けるとは。さすがにそこまで耄碌した訳じゃないんだ。安心したよ」

「『八千歳』…」

「気安く呼ばないでくれるかなぁ?この裏切り者が」

「…っ…」

言い返す言葉がない。

僕が裏切り者なのは、言うまでもなく事実であって…。

「でも俺は嬉しい。分かってると思うけど、俺は頭領様から直々に勅命を受けた」

「勅命…?」

「君を殺せってね」

…そうだろう。

だから、他ならぬ君がここに来たんだろう。

「裏切ってくれてありがとう、『八千代』。これでようやく俺は、合法的に君を殺せる。凄く嬉しい。俺はずっと君を、殺したくて殺したくて堪らなかったんだ」

…知ってる。

「俺が君を殺せば、俺はようやく頭領様に認められる。あの『八千代』より上だってことが証明される。俺が一番の…頭領様のお気に入りになれる」

「…」

「だから死んでもらうよ、『八千代』。裏切り者には、相応の死を…」

「…あの手紙」

「…は?」

『八千歳』が僕を殺したいのは知ってる。

昔からそうだった。君は僕を殺したがってたから。

でも、そんなことはどうでも良い。

「あの手紙に書いていたことは…何?」

「手紙…?あぁ、名前のこと?君の名前。黒月令月だっけ?そんな名前だったんだね、知らなかった。頭領様が教えてくれたよ」

そうだね。『アメノミコト』は秘密主義。

仲間内でも、個人の名前さえ教えられない。

でも、僕が言いたいのは、名前のことなんかじゃない。

「ルームメイトを殺すって…」

「…あぁ。そんなこと気にしてたの?」

『八千歳』は、口許を歪めるようにして笑った。

そう。あの封筒の中身。

そこには、メモ用紙が入っていた。

『アメノミコト』で、内密に任務を受けるときに使われるメモ用紙。

そして、そこに書かれていたのは、今日、今、この時間の日時と場所。

それから、もう一文。

「従わなければ、ルームメイトを殺す。他言無用」と。

だから僕はここに来た。

一人で。

誰かに話せば、ユイト君が殺されると思って。

「一人じゃないんでしょう?『八千歳』…」

僕が逆らえば。僕がこの時間、ここに来なかったら。

有言実行、即座にルームメイトを殺せるように、もう一人…刺客を待機させてるはずだ。

「正解。もう一人来てるよ。誰か…は教えてあげても良いけど、どうせ君は知らないよ。俺だって今回の任務で組むのが初めてなんだし」

「…」

やはり、そうか。

刺客は二人…。あるいは、三人以上…。

「大丈夫だよ。今回の任務で派遣されたのは、俺とそのもう一人だけ。二人だけだよ」

…二人だけ。

『八千歳』と、それからもう一人。

誰かは知らないけど、間違いなくそのもう一人も、『終日組』だ。

「…ねぇ、『八千代』。一つ提案があるんだけど」

「…提案?」

「俺と一騎討ちをしよう」

「…!」

一騎討ち…だって?