神殺しのクロノスタシス3

「ひっ!イレースちゃん!」

もう、イレースの姿を見るだけでビビるようになったのか。

イレースを見るなり、びくっとして、シルナは俺の背中に隠れた。

俺を盾にするな。俺を。

何だ。また疾しいことでもあるのか?

しかし今日のイレースは、先日のような鬼神になってはいない。

通常モードだ。

「何ですか。人を猛獣みたいに」

猛獣どころか、お前地獄の獄吏みたいになってたからな。

シルナがビビるのも仕方ない。

基本的に、シルナは根がビビりチキンだからな。

「は、羽久が私に失礼なこと、考えてる気がするけど、今はそれどころじゃない…」

そうか。

「で、学院長」

「ひっ!わ、わ、私何も悪いことしてないよ!今日は!生徒が授業中の間に、学院長室でこっそりお菓子食べたり、こっそりお昼寝したりなんかしてないから!」

お前は地雷を踏み、墓穴を自分で掘るのが趣味なのか?

いちいち言うなよ、そんなことを。

「…そんなことしてたんですか?」

鬼のイレースの目が、ぎろりと光り。

シルナは、またひっ!とか言って、俺の背中にへばりついた。

邪魔。

「…まぁ良いです。それくらいはいつものことですから」

…だな。

ラミッドフルス基準で考えたら、断固許されることではなかっただろうが。

一応これでもイレースは、イーニシュフェルト魔導学院に来て、丸くなったのだ。

え、これで?と思った奴。

ラミッドフルス時代のイレースの生徒に聞いてみろ。

今のイレースがこんなに丸くなったと言ったら、きっとそいつの目も、驚きのあまり真ん丸になるだろうから。

それくらい、甘くなった。

故に、日中のお菓子摘み食いや、ちょっとの昼寝くらいは、許されるようになった。 

とはいえ、生徒側からしたら、理不尽だよな。

うちは、学院長がこんな奴だって知られてるから、特に異論は出てこないが。

普通、生徒が真面目に授業受けてるときに、学院長が部屋でボリボリ菓子食ったり、ぐーぐー寝てたりしてると知ったら。

絶対腹立つよな。

貴様、俺らが眠いの我慢して授業受けてるのに!って。

イーニシュフェルト魔導学院の生徒は、優しいからな。

笑って見過ごしてくれるんだよ。良い子達だな。  

…それで。

「今日は何の用なんだ?イレース」

用があるなら、早いところ終わらせてくれ。

シルナがお前にビビりまくって、俺の背中から離れないんだよ。

超邪魔。

「別に大した用事じゃありませんよ。これ、あなたのサインが必要な書類なので、内容を読んでから署名してください」

イレースは、紙切れを数枚、こちらに手渡した。

あぁ、いつもの奴ね。

学院経営ってのは、これがまた面倒臭くてな。

色んな小難しい機関から、色んな小難しい書類が、毎日送られてくるもんで。

その中には、いちいちシルナがサインして、送り返さなければならないものも多々ある。

よって、学院に届く一切の郵便物を管理しているイレースが。

ほぼ毎日のように、こうしてシルナの署名が必要な書類を、持ってきてくれるのである。

ありがとうイレース。

「そ、そっかっ…。良かった…」

疚しいことを咎められるのではない、と分かったらしいシルナ。

ようやく俺の背中から離れて、イレースの差し出した書類を受け取り。

一枚ずつ、内容を流し読みしながら署名。

している様を、じーっと見ていたイレース。

…?

かと思えば、テーブルの上の、お得用訳ありチョコレート菓子の詰め合わせを、ちらりと一瞥。

またあんなもの買って、と怒るのかと思ったが。

今日は、そうではなかった。

「イレースちゃん、はいっ。終わったよ」

「どうも」

署名された書類を受け取るイレース。

いつもなら、用事が済めば、さっさと出ていくはずだが。

今日は、しばしその場に突っ立っていた。

…何だ?

「…??どうかしたの、イレースちゃん…」

「…いえ、今ふと思ったんですが…」

「…何を?」

「…あ、いえ、やっぱりやめておきます」

おい。何だそれは。

一番気になる感じの去り方。

「ちょ、気になるじゃない。何?教えてよ」

すると。

「ぶふっ」

恐らくイレースの心を読んだのであろうナジュが、半笑いで噴き出していた。

絶対何かある。

「何、何二人共!?私に何かあるの?ねぇ、何なの?隠し事やめてよ〜!気になるじゃない!」

俺も気になる。

令月は、特に興味なさそうだったが。

すると。

「…分かりました。じゃあ、言わせてもらいますね」

と、イレース。

あぁ、そうしてくれ。

「…学院長先生、あなた、最近ちょっと太ったんじゃありません?」





…ナジュが。

噴き出した気持ちが、ちょっと分かった。