神殺しのクロノスタシス3

イレースは、校舎内のあらゆる場所を案内した。

「ここは稽古場。あなたは実技授業担当が多かったですから、ここにいる時間は長かったはずですが」
 
「…」

ナジュが一日の授業時間の大半を過ごしていた、稽古場。
 
何なら放課後もここに入り浸って、生徒達に実技を教えてたっけ。

「お前は読心魔法で生徒の心を読みながら実技を教えるから、『ナジュ先生の実技授業は分かりやすい』って、評判だったんだぞ」

と、教えてやる。

その評判たるや、シルナが嫉妬のあまり血の涙を流したほどだ。

しかし。

「…」

ナジュは困ったような、困惑した顔のまま。

…駄目か。

「では次です」

稽古場が駄目ならと、次にイレースが連れて行ったのは、教室。

例の、四年Aクラスの教室。

…ナジュが、読心魔法を暴走せて倒れた教室だ。  

「ここが、あなたが座学を教えていた教室です。あなたが倒れたのも、この教室なんですよ」

「…」

まぁ、教室と言っても。

生徒がいないから、随分殺風景に見えるんだけどな。
  
やっぱり、ナジュは何も思い出せないようで。

「…なら次です」

件の教室が駄目ならと、次にイレースが連れて行ったのは、職員室。

生徒の成績をつけたり、試験問題を作ったりなどの作業を行っていたのは、この部屋だ。  

そして、イレースは職員室の中の、ナジュの机の前に連れて行った。  

「ここが、あなたの席なんですよ。ここで生徒の成績をつけてたんです。…ほら」

イレースは、ナジュの机に置いてあったファイルを手に取り。

彼が担当していた、風魔法の授業の資料を見せた。
 
「これも、あなたが作ったんですよ。あなたの字でしょう?」

「…そうですね」

自分の書いた字は、分かるらしい。

良かった。

一応ナジュは、自分の名前や使える魔法、一般常識は覚えてるからな。

名前も分からない、言葉も字も分からないとなると、もっと大変なことになるところだった。

「何か思い出しませんか?」

「…んー…」

…駄目みたいだ。

「…まぁ、仕方ないですね。あなた、職員室にいることはあまりありませんでしたし。座学の授業も面倒臭がってばかりでしたし」

おい。それを言うな。

事実だけれども。
 
いや、むしろ言った方が良いのか?リアルな情報を伝えた方が、ナジュ的には思い出しやすいか?
 
「…つまり僕って、教師だったけど、あまり良い教師じゃなかったってことですか?」

「そうですね」

…イレース。

お前、身も蓋もなければ、血も涙もない女だな。

「成程…。僕が教師をやってたなんておかしいと思ったら、やっぱりまともな教師ではなかったんですね…」

「えぇ。先程も言った通り、生徒の風紀を乱す、ろくでもない教師でした」

「…」

「…でも、私達にも、生徒達にも、必要な存在でした」

「…」

ナジュがどんな教師だったか、なんてどうでも良い。

「…医務室にさ、紙で出来た青い薔薇の花束、あったろ?」

俺は、ナジュにそう語りかけた。

「はい、ありましたね」

「あれ、生徒達からの贈り物なんだぞ」

「え…」

驚いたか?

「言ったろ?生徒に人気の教師だったって。だからお前がいなくなって、生徒達が自発的に千羽鶴、ならぬ千輪薔薇を折ってくれたんだ。何なら千輪越えてるらしいぞ。折る人が多過ぎて」

「…」

ぽかんとしてる。

全く、教師としては羨ましい話だ。

倒れたのが俺だったら、果たして生徒達は、ナジュにしたように、俺にも千輪薔薇、折ってくれるだろうか?

自信なくて泣けてくるな。

「バレンタインも、87個だっけ?チョコレートもらったって自慢してたじゃん」

「87…!?それは嘘でしょう」

「嘘か本当か、俺の心を覗いたら分かるんじゃないのか?」

「…」

…分かったようだな。

本当なんだよ。

俺でさえ、あのとき死ぬほどビビったんだからな。

驚いてもらわなきゃ困る。

「それだけ生徒に人気な教師だったんですよ、あなたは」

「…そうなんですか…」

お前が忘れても、生徒達はお前を忘れてない。

早く、またお前の授業を受けたいって思ってるんだよ。