神殺しのクロノスタシス3

「…じゃあ、令月君。恥を忍んで聞くけれど」

シルナが言った。

「君は、どう対策するのが良いと思うかな?」

令月は、ついこの間まで『アメノミコト』にいた人間。

敵を知るには、うってつけの人物だ。

協力してくれるのなら、洗いざらい話してくれた方が、こちらとしては有り難い。

勿論、それが令月の古傷を抉る行為であるということは、分かっている。

かつての仲間を裏切れ、と言ってるのと同義だってことも。

だから、シルナの問いは、とても残酷なものだ。

それでも。

それでも、イーニシュフェルトを。令月を守る為には。

令月の協力が、不可欠なのだ。

そしてそのことは、令月自身も自覚している。

令月は、少し考えて言った。

「…分身」

「分身?」

「学院長の分身、もっと増やせる?」

やはり、まずは警備の「目」を増やすか。

「分かった。増やそう」

「あとね、人型でない方が良い。すぐバレるから。出来れば形を変えて。色んな種類で」

「形を変えて…色んな種類…か」

「前、カマキリになってたでしょ?あんな感じで、カマキリとかムカデとかミミズとか、小さいものに化けた方が見つかりにくくて、良いと思う」

「…うん…」

前回の、「シルナオオカマキリ事件」を思い出したのか。

シルナは、若干浮かない顔だった。

あれはお前が悪いよ。

つーか、気持ち悪い虫ばっか。

「でも、それでもあなた、あのカマキリが学院長の分身だって気づいてたじゃないですか」

と、ナジュ。

「うん。初見で気づいた」

「ってことは、あなたクラスの暗殺者が派遣されてきたら、いくら学院長がカマキリになろうが、オオムカデになろうが、その人も気づくでしょうね」

「多分ね」

あくまで、気づかれることは前提…か。

「だから、分身を増やすのは、精々『見つけられればラッキー』くらいに思っていた方が良い」

…それはそれは。

シルナオオカマキリごときじゃ、令月レベルの暗殺者の目は誤魔化せないってことか。

…厄介だな。

皆の手前、口には出さないが。

「…それから」

令月は、意外な人物に向き直った。

「天音…先生」

「…何?」

「あなたは、回復魔法が得意なんだよね?」

「そうだけど…」

天音は、困惑気味に答えた。

天音が回復魔法得意なことと、『アメノミコト』に何の関係が?

「毒魔法の治療とか、出来る?」

「…!」

…毒。

そうか。『アメノミコト』の暗殺の手口は…。

「まず間違いなく、毒を使ってくる。普通の毒だけじゃない、『アメノミコト』には、独自で開発した毒魔法がある。『アメノミコト』の暗殺者の、ほぼ全員が使える」

「…毒魔法…」

えげつない魔法だ。

読心魔法に負けず劣らずだ。

「え?僕の魔法、毒魔法と同列に並べられてます?しっつれいな~。毒魔法ほど陰湿じゃありませんよ」

「勝手に人の心を読む魔法が、陰湿以外の何だって?」

何ならお前、もう黙っといてくれないかな。

「種類も豊富だし、殺す以外にも、色んな用途がある。大抵は相手を即死させる毒が多いから、回復魔法を使う余裕はないと思うけど…」

「あぁ、僕も使われましたよそれ。即死の毒。心臓痛くて死ぬかと思いました」

ナジュの「死ぬかと思った」は、マジだからな。

お前、不死身で良かったな。

「中には、遅効性の毒もある。もし遅効性の毒なら、回復魔法で治せるかもしれない。物凄く複雑な魔導理論で配合された毒だから、それを解析して解毒するのは難しいと思うけど…」

成程。

それで、回復魔法を得意とする天音に頼んだのか。

もしかしたら、天音なら。

『アメノミコト』の毒を使われても、解毒出来るかもしれないから。

「現状、僕が知ってる毒については、天音さんに教えておく。出来たら、解毒法を確立させて欲しい」

「…分かった。やってみる」

天音の眼差しは、真剣そのものだった。

必ずやってみせる、という強い意思を感じた。

「…まぁ、そのくらい向こうも対策済みだろうから、僕が知ってる毒は使わないと思うけど…」

「関係ないよ。例え無駄になっても、やれることは全部やっておいた方が良い」

天音の言う通り。

やれることはやっておくべきだ。

「それに…今から解析を始めたとしても、間に合うかどうか」

「…?」

…間に合う?

「どういう意味だ?令月…」

「…」

令月は、俺達に振り向いた。

その目、子供らしからぬ、暗殺者の目に、俺はゾッとした。

「…皆、ちょっと悠長過ぎると思う」

…悠長、だって?