神殺しのクロノスタシス3

…それで。

本題に戻ろう。

「無駄、だって?」

「?」

「俺達がやろうとしてる対策。お前、無駄だって言っただろ」

「あぁ…」

思い出してくれたか。

「そうだね、無駄だね」

「そもそもお前、何処から聞いてた?」

「『…皆、もう分かってると思うけど』から」

「…」

最初からかよ。

部屋の外で立ち聞きしてたのか?

全く気配を感じなかったぞ。

さすがと言うべきか。俺達がぬかったと言うべきか。

「国境の警備とか、学院の警備とか。全部無駄。やっても意味ないよ」

「そう思う根拠は?」

「忘れたの?僕も最初は、学院長を狙う暗殺者として派遣されてきたんだよ」

…あぁ。

「おまけに、ついさっき学生寮から、校舎内に侵入して、ここまで来た。それだけで分かるでしょ?」

成程、成程ね。

令月ほどの暗殺者ともなれば。

国境の厳重な警備なんて、失笑モノなんだろう。

そして、学院の警備も。

学生寮から抜け出して、学院内にうようよいるシルナ分身の目も掻い潜って、学院長室までやって来た。

令月にはそれくらいのこと、当然のように出来るのだ。

それくらいのことは、当然のように出来て当たり前の世界から、彼は来たのだ。

そしてこれから、俺達を襲撃しようと狙っている連中は。

令月と、同じところから来た連中だ。

だから、当然国境も平気で越えるし。

平気で、学院内にも侵入出来ると。

成程、説得力が段違いだな。

「しかし、国境の警備は、あなたが国境を越えたときよりも強化されているはずですよ」

と、イレース。

令月に、難なく国境突破されてしまったから。

今度は、もっと強化しましょう、ということで、警備隊を増員してもらったはずなのだが。

しかし。

「うん、無駄」

きっぱりと断言する令月。

溜め息出てきそうになるな。

俺達の努力、全くの無意味かよ。

「やるなら、そうだな…。陸海路を全て封鎖して、国境際に十メートルくらいのコンクリ壁を全方位にぐるっと建てる。これくらいしたら、多少の対策にはなるかもね」

マジかよ。

そんな鎖国状態で、それでも「多少の対策」にしかならないのか。

「それと、最初学院長が言ってた、敵の標的が分からない、っていう点だけど」

うん?

「こればかりは頭領さ…頭領の一存で決まるから、確かなことは言えないけど」

「何?」

「狙いは多分、僕か、イーニシュフェルト魔導学院だと思う」

…ほう。

「そう思う根拠は?」

「『アメノミコト』は裏切り者を許さない。裏切り者は必ず抹殺する。そして、見せしめの為に、裏切り者を匿ったり幇助した者も、一緒に殺される」

「…」

…嫌な話だな。

「その理論だと、あなたを匿い、特別に国籍を取得させたルーデュニア聖王国も、抹殺されなきゃならないことになりますが?」

けろっとして、ナジュが聞いた。

「確かに、僕を匿ったルーデュニア聖王国…国ごと相手にする…ことは考えられる。頭領が何を考えるか分からないけど…。でも、国ごと相手にはしないと思う」

「根拠は?」

「『アメノミコト』でも、聖魔騎士団を相手にするのは骨が折れるだろうから。ましてや、先日の襲撃で、聖魔騎士団の実力は充分分かってる」

…成程。

さすがに、勝てない相手にまで手を出すほど馬鹿じゃないってことか。

「それより、個人を狙った方が良い。特に…学院長は危ないと思う」

何だと?

「え、私?」

「うん。学院長は、聖魔騎士団でも軸になってる人物なんでしょ?」

「それは…。まぁ…厚かましいようだけど、そう言えるかもしれないね」

堂々と言えよ。

実際シルナは、普段はイーニシュフェルト魔導学院にいるけれど。

一応、聖魔騎士団魔導部隊の名誉顧問という籍も持っている。

一声で、聖魔騎士団魔導部隊の大隊長を動かす、その権限も持っている。

シルナを始末されれば、聖魔騎士団も痛手では済まない。

致命的なまでのダメージを与えられる。

成程ね。

「聖魔騎士団そのものを敵に回すのは難しい。なら、その聖魔騎士団をまとめてる実質的支配者、要である学院長一人を抹殺すれば、勝手に瓦解してくれるだろうって腹ですか」

イレースが、分かりやすくまとめてくれた。

「うん、そういうこと」

「腹黒いこと考えますね~…。いかなるときも清廉潔白な僕を見習って欲しいですよ、全く」

この場で最も腹黒い奴が、何か言ってるぞ。

「失礼ですね羽久さん。僕ほど腹の白い人間はいませんよ」

「勝手に人の心を読む奴の腹が何色だって?」

そんなことはどうでも良いんだよ。

それよりも敵の、『アメノミコト』の標的だ。

「『アメノミコト』という暗殺集団の性質からして…。大きな規模の襲撃は、出来るだけ避けると思う。だから、狙うのは僕と、あとは学院長…。それから、教師生徒問わず、イーニシュフェルト魔導学院の人間。あの頭領なら、その辺りに狙いを絞ると思う」

「…成程ね」

徒党を組んで、いざ尋常に勝負!と宣戦布告してやって来る暗殺集団は、まずいないよな。

もっとこっそりひっそりと、静かに近づいてくるはずだ。

かつて、令月がそうしたように。