相変わらず忙しい生活を送る最中、ミラルカはネリウスから画家を呼ぶように命令を受けた。

 ネリウスは絵に趣味がないことは知っていた。好きでもない絵のために画家を呼ぶ機会は限られている。

 ミラルカが尋ねると、「エルの肖像画を描かせるため」だと答えた。

 それを聞いて、ミラルカは嬉しくも思ったが、そんなものを描かせるほどネリウスが寂しい思いをしているのだと感じた。

 相変わらず仕事に忙殺されて会えない生活が続いている。ネリウスなりに色々考えているようだ。

 エルにそのことを伝えると、とても驚いていた。エルは肖像画など描かれたことがないのだろう。

 ネリウスの要望で、エルの肖像画は庭で描くことになった。「庭園にある緑のバラを背景に、エルを描いて欲しい」とのことだったので、ミラルカとファビオはそのように準備した。

 今は日差しも緩やかで暖かい。外に長時間いても辛くはないだろう。エルは戸惑いながら椅子に腰掛けた。

 そんなエルを眺めながらファビオは感心したように言った。

「それにしても、旦那様がこんなことを言い出すなんて驚きましたよ」

「そうね……最近エル様にちっともお会いできなかったから、絵でもいいからそばに置いておきたかったんじゃないかしら」

「旦那様、意外と寂しがり屋なんですね」

「意外なんてものじゃないわ。ここ最近はずっと物憂げだし、肖像画のこともすごく真面目に仰られて私の方が驚いたくらいよ」

 ネリウスは早く終わらせようと一所懸命仕事に励んでいる。エルはエルでそんなネリウスの邪魔にならないようにと書斎に近付かないようにしているようだった。

 お互い会いたがっているのに悲しいものだ。

「でも……エル様は嬉しそうね」

 エルは最初ぎこちない笑みを浮かべていたが、今は楽しそうだ。柔らかい笑みはまるでネリウスに向けているようだと思った。

 エルは本当にネリウスに愛されている。あの年中真冬のような雰囲気の漢をここまで笑わせた人物は後にも先にも彼女しかいないだろう。

 エルのことを話す時はいつでも嬉しそうで、ぶっきらぼうな態度をとっているのに怖く思えない。冷たく聞こえる言葉の端々に、エルへの愛が見て取れた。

 ミラルカはネリウスに仕えて長い方だが、人に対してこんなにも心を開いたネリウスを見たことがなかった。

 ネリウスは厳しく育てられたせいか小さな時から内向的で、子供らしくない子供だった。他人行儀で、何に対しても感心を持てない。大人になってからもそうだった。

 エルがここに来た時は心配してあれこれ世話を焼いたものだが、今となってはいらぬ世話だったかもしれない。

 女性の相手をするのが下手だと思っていたのも、本気の相手が現れなかったからだ。

 最初こそ本当に見ていて不慣れだったが、今では何も言わなくても自分からやるようになった。愛しているからこそ出来ることなのだろう。

「ミラルカさん。旦那様のことだけど……大丈夫なんですか」

「とりあえず、最悪の状態ではないわ。公爵様を怒らせたのは致命的だけど、国王陛下は旦那様の肩を持ってくれているみたいよ。公爵様は国王陛下と仲が悪くて自分の派閥の人間を増やそうとしているらしいの。だから完全に孤立したわけじゃないそうよ」

「そうですか……みんな心配してたので気になってたんです。旦那様は何も言わないし……」

「あんな旦那様だけど、分かってくれる人は分かってくれてるのね。大丈夫。きっとうまくいくわ」